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人より得意じゃなくても、上には上がいても(暦のはなし・9月)

 静かに秋が深まっていくこの頃。二十四節気では、草花に朝露がつきはじめる「白露」から、昼夜の長さが同じになる「秋分」へと移ろいます。
 秋といえば、食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋……色々ありますが、私にとって、今年は芸術の秋になりそうです。

 幼い頃から絵を描くのが好きで、子どもの頃の一番の夢は画家になることでした。先生や親から「上手だね」と褒められ、中学生のときには作品が学年代表としてコンクールに選出されたこともありました。

 でも、父の仕事の都合で引っ越した先でできた親友の絵を見たとき、頭を殴られたような衝撃を受けました。彼女の絵は、リアルで、質感があって、繊細で……、あぁ、こういう人がプロになるんだなと思うくらい、圧倒的でした。私は、得意なことが無くなってしまった、そう感じました。絵を描くのが好きと言うのも恥ずかしくなり、そのまま、私は描くことをやめてしまいました。

 この夏、祖父から葉書が届きました。花の写真とともに、私の健康を気遣う言葉が綴られていました。返事を送ろうと季節の絵葉書を買いに行ったのですが、白い葉書しか売っておらず、仕方なくそれを買いました。
 文字だけだと寂しい、でも写真を印刷するプリンターもない……もう、描くしかない。意を決して、絵の具を押入れの奥から引っ張り出しました。描いたのは、少し俯いた向日葵の絵。時間が経つのも忘れて、全神経を筆先に集中させる、懐かしい感覚。そうだ、私はこの感覚が好きだったんだ。

 人より得意じゃなくても、上には上がいても、好きなことは好き。ようやく、そう思えるようになりました。
「絵が上手だなんて知らなかったよ」祖父は喜んでいたそうです。
そうだよ、おじいちゃん。知らなかったの?

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