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野菜を買うことは、明日の自分への期待だった(暦のはなし_2021年末)

12月になるとすぐに、二十四節気で言うと大雪(たいせつ)に入ります。山の峰々は白くなり、気温もぐっと下がる、本格的な冬の訪れ。そして12月の下旬には、1年のうちで最も日が短く夜が長い冬至(とうじ)がやってきます。お正月の準備をしながら、今年はどんな1年だったかな、と振り返る人も多いのではないでしょうか。

私は4年前まで、毎晩遅くまで働き、歩いて帰る気力もないほど疲れ果てて、タクシーに乗り、コンビニでごはんを買って、家に着いたら食べてすぐに寝る……そんな日々を送っていました。あまりにしんどいときには、おにぎりを飲み込むのも辛く、菓子パンをジュースで流し込んで食事を済ますことも。

たまには、「ちゃんと料理を作って食べよう」とスーパーで買い物をすることもありました。小松菜、人参、じゃがいも。でも、いつも気が付いたら小松菜は黄色くなって、にんじんはしなしなに萎んで、じゃがいもからは芽が出ていて。料理されることなくダメになった野菜をゴミ箱に捨てる度に、自分のなかの何かが削れていくように感じました。

食材を買うということ、とくに野菜を買うということは、明日の自分への期待でした。どんどんと荒んでいく日々を変えてほしい、健康的な生活を送ってほしい。野菜をゴミ箱に捨てるとき、食材を無駄にしてしまっただけでなく、期待にこたえられなかった、また自分を粗末に扱ってしまった、その罪悪感が、自分の心を蝕んでいたのだと思います。

自分の心身と向き合うことを、人はつい後回しにしがちです。食事を適当に済ませたり、睡眠時間を極端に削ったり、苦手な人と話を合わせたり、面白くもないのに無理に笑ったり。そんな小さな不摂生のひとつひとつが、自分を少しずつ下り坂へと押しやっていきます。だから、引き返すのは早ければ早いほど良い。遅くなればなるほど、戻る坂道は長く険しくなります。

私が引き返そうと思うことができたのは、体調を崩してしばらく仕事を休むことになってからでした。眠れない日が続き、一睡もできずに、東の山から朝日がゆっくり昇るのをぼーっと眺めていました。ベランダに投げ出した足が、ゆっくりと光に染まっていく、それを見たときにやっと、元気になりたいという気持ちが湧いてきました。

今では、野菜を腐らせて捨てることはありません。それは、少しずつ自分を大切にする練習を重ねたからだと思います。ただ、不思議なもので、人は一度大事なことに気付いても、時が経つとすぐに忘れてしまいます。年の瀬、1年を振り返るとき、少しだけ自分と向き合う時間を取ってみるのも良いかもしれません。

2022年がみなさんにとって健やかで幸せなものになりますように。どうぞ、良いお年をお迎えください。

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