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【旅エッセイ】夜光の船旅 ③チンチン電車をつまみにビールを飲んでみた(阪堺電車車庫、大阪市住吉区)

 先日難波の街を歩いていたら、数カ所で路上ライブをやっていた。これだとぜんぜん珍しくもないが、目を引いたのは必ずパチンコ屋の店頭でやっていることだった。またステージのそばには、機械の操作とタイムキーパーをする主催者側の担当者がいた。

 なるほど、以前いた別の街ではミュージシャンが駅前や陸橋の上など適当な場所を見つけては、いつ止められるか、おどおどしながら演奏をしていたが、これだと正々堂々と演奏できるし、いわば「迷惑施設」同士の組み合わせなのでどこからもクレームが来ることはない。

「なるほど」とうなったほど、感動したイベントがもう一つある。

 阪堺電気軌道(阪堺電車、通称チンチン電車)が主宰していた「阪堺グルメフェス」だ。これは平屋建て本社横にある車庫スペースにキッチンカーを10台ほど呼んだだけのイベントだが、ふだん一両だけで走っているチンチン電車がずらりと壮観に並んでいるのと、飲食スペースのテントが線路の上に設けられていて、上機嫌にビールを飲んでいたおじさんに聞くと「チンチン電車をつまみに呑みに来たんや。みんなそうちゃう?」。

 昔のままに線路脇に陶器をはめ込んだ作業スペースを子供たちが大喜びで走り回り、電車点検用に床の高さまで登れるようにした高さ1mの渡り廊下を、OLさんがカウンター代わりにして空いたビールのコップをずらりと並べて談笑している。

 私もコップ片手にウロウロしていたが、しゃがみながら線路をさするように愛でたり、一つの電車で20枚ぐらい写真を撮影する鉄道ファンもたくさん見たし、電車を前にうれしそうに母親に写真を撮ってもらう子供たちをたくさん見た。

 阪堺電車はデザインもいろいろで路面電車であるぶん、鉄道ファンといつ衝突してもおかしくない。チンチン電車と言いながら、大阪から堺市まで合計18キロを走る長距離の列車だ。他社のような撮り鉄との事故が発生したという話は聞いたことがない。

 同社の歴史は古く1900年に天王寺-阿倍野間で開業したが、路線が南海電鉄と競合して10年も経たないうちに、合併されてしまった。

 ただ南海電鉄の偉いのはかつてのライバルを握りつぶすのではなく、活用したこと。路面電車は敷設が容易なので、平野方面に延伸したり、天王寺からの路線を廃止して別に付け替えたり、かなり住民本位の鉄道運営をしてきた。

 全国で「電車の運転士」対「撮り鉄」の攻防がシャレにならない次元に突入しているが、「そんなに撮りたいんやったら、なんぼでも撮ったらええがな」という阪堺電車。
 なんて優しいんだろう。
 暑かったし次のアポがあったのに、居心地のよさにわたしはギリギリまでその場から離れられなかった。

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