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世界競争力1位のデンマークは「単なる経済成長」目指していない。国の成功の鍵は「生産性を生活の質に転換できるか」

2022年に私がこの連載を始めることにしたきっかけの一つが、この年、デンマークが世界競争力ランキングで1位になったことだった。ランキングは、スイスのビジネススクール・IMDが1989年から毎年発表しているもので、デンマークは続く2023年も1位。日本はと言うと、2023年のランキングで64カ国中35位で、過去最低となってしまった。

(出典)IMD世界競争力センター

デンマークが競争力でトップだと言っても、かつて日本経済が好調だった時のような、人々が仕事中心の生活をしながら経済成長を目指すようなイメージとは、かなり違った日常風景だ。平日は午後4時台、金曜日は午後3時台がラッシュアワーという働き方。家族第一の価値観が根付いているので、仕事で遅くまで職場に残り、家族と夕食を共にしないというのがちょっと考えづらい文化である。

最近の調査では、半数近いデンマーク人が「給料が減ってもいいから、労働時間を(さらに!)短くして自由な時間がほしい」と答えている。ほどほどに稼げば十分で、それよりも日々の暮らしの質を豊かにしたい、という考える人たちなのだ。

そんな人たちの競争力ランキングが1位ってどういうこと?という素朴な疑問をもって、この連載では、“勝てる分野”に特化した国際的なビジネス展開や、短時間で仕事を終わらせるデンマーク人の働き方などを紹介してきた。

今回は改めて、競争力という側面に絞って、とりわけ日本との比較をしながら書いてみたい。話を聞いたのは、IMD内にある「世界競争力センター」の所長で、世界競争力ランキングを統括するアルトゥーロ・ブリス教授と、デンマークのロスキレ大学で北欧の幸福度と福祉国家分析を専門とするベント・グレーべ教授である。

日本では最近、国内総生産(GDP)がドイツに抜かれて4位に転落したこともあり、単純な経済成長を再び目指そうという発想からは、距離を置こうとする議論も増えたように見える。今回のインタビューでも、意外に感じたのは、ブリス教授が「国の成功とは経済成長ではない。GDPでもない」と強調していたことだったのだが、日本の何が課題なのかというヒントが盛りだくさんだった。

また、これまで連載で取り上げてきたポイントのおさらいにもなるような内容だったので、関連する過去の連載記事も随所に盛り込んでいる。

デンマークの専門家にも話を聞いたのは、あくせくと働いているようには見えないデンマーク人たちが、経済成長をどう捉えているのか知りたかったからだ。「われわれが目指したのは、単なる経済成長ではなかった」という解説は、デンマークが競争力だけでなく、幸福度も高い社会であるという点からも、示唆に富むものだった。それも合わせてお伝えしたいと思う。

国の豊かさを人々の生活の質に転換できてこそ「競争力」

まず、そもそも競争力っていったい何なのか、というところから。

IMDのランキングでは、競争力を「適切な経済モデルによって、経済的豊かさを生み出す国の能力」と定義している。そして、ここで言う経済的な豊かさには、2つの構成要件があるという。1つは、適切な産業政策によってもたらされる生産的な経済や、天然資源の量など。もう1つは、生産性を個人の生活の質に転換できることだ。

例えば中国は総合順位で23位でトップ10に入っていないが、これは1人当たりの生産性が小さいため。一方、産油国のカタール(総合順位12位)は生産性は高いが、富が一部の人々に独占されているため評価が低い。つまり、生産性が高くても、国民1人ひとりの豊かさに反映されていない場合は、競争力が低いという評価になる。

この点、デンマークは、2つの要件を非常によく備えた国だという。ブリス教授は次のように指摘する。

「デンマークは、輸出志向型の、非常に効率的な経済を作り上げており、(海運大手の)マースク、(玩具大手)レゴなどの企業が世界中で成功を収めています。またその生産性の高さを、セーフティネットや優れた教育、インフラといった社会システムにつなげ、人々の高い生活の質に変換できています。

デンマークは世界でも最も幸福度の高い国の一つですが、安全性、サステナビリティ、社会的なまとまりといったすべての要素が、経済的な繁栄と幸福をもたらしていると言えます」

一方の日本はというと、この競争力ランキングがスタートした1989年から4年連続で1位だったのだが、いまや64カ国中35位と下から数えたほうが早い位置にある。1997年以前のランキングは、現在とは調査手法が異なるために単純比較はできないそうだが、とはいえ日本は「最も凋落が顕著な国」(ブリス教授)だそうだ。

出典:IMD WORLD COMPETITIVENESS ONLINE 1995 – 2023をもとに編集部作成。

では、その理由は何なのか。競争力を分析する際には、公的セクターの効率性(国の力)とビジネスの効率性(企業の力)の両方に目を配っており、デンマークは公民の両セクターとも世界でも最も効率的と言えるのに対し、日本の場合は民間と政府の両方で、効率性が問題になっていると言う

「トヨタ、資生堂、三菱といった企業は、50年前は市場に真の変革をもたらす存在であり、日本の成功を牽引していました。だがそれ以来、日本を次のレベルに引っ張るような、重要なイノベーションや新たなビジネスモデルが誕生していません。AIやフィンテックといった新技術の分野でも、最前線に立っているとは言えない。成功を止めてしまった、と言い換えられるかもしれません」

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