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その昇進、受けるべきか、受けざるべきか

会社で昇進の話を受けたという女性の友人が、受けるかどうか決めかねている、と言う。光栄なポジションだけど、できるかどうか、自分に合っているのかよくわからない、と。

よくよく聞いてみると、年齢と妊娠のタイミングも、決断を迷う原因のようだった。仕事を優先させるあまり、妊娠のタイミングを逃すかもしれない。それでいいのだろうかと。

話を聞きながら、私が38歳だった時に、予想もしていなかった海外赴任の話を受けて、決断に迷った経験を思い出した。当時、ようやく「この人は」と思えるパートナー(今の夫)を見つけてから、ほんの数カ月後のことだった。

というわけで、今回の記事は、当時の経験について、以前、日経xwomanに連載した内容をもとに、もう少し裏話を書き加えつつお伝えしたいと思う。

まずは、留学中の話からーー。

留学中に最も衝撃を受けた論文


私が学んだのは、米ハーバード大学ケネディ行政大学院というところである。新聞記者を10年ほど経験した後に、会社から1年間の時間をもらっての留学だった。

一番の収穫は何だったかと問われたら、自分に正直になり、感性を取り戻したことだった、と言えるかもしれない。入学したての頃、ある教授が「ここでは自分が賢いことを周りに証明する必要はない、それは入学した時点で終わり」と話したことがある。ここは学校なんだから、できるだけ多くを吸収し、刺激を受けることのほうを優先したほうがいいよ、というわけだ。そんな風に、一貫して「素になれる」環境にいられたことで、アタマも心も柔らかくなったというか、自分の考え方や生き方を振り返るとてもいい機会になった。

そんな頃に知り合ったのが、ビジネススクールの博士課程にいたスロベニア人女性だった。30代半ばの彼女は、「……この論文、読んだほうがいいよ。考えさせられるから」と、ある論文を私にくれた。

ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された「Executive Women and the Myth of Having It All(女性エグゼクティブと、すべてを手に入れられるという幻想)」という論文である(原文はこちら

寄稿した経済学者のシルビア・アン・ヒューレット氏は、この論文の中で、社会的に成功している女性の多くが子どもを望んでいるにもかかわらず、実際には、年収が10万ドルを上回る女性の49%に子どもがいないこと(同条件の男性では19%)、出産適齢期を過ぎたキャリア女性はそのことをとても後悔している、ということを、生々しい声とともに描いていた。米国のキャリア女性が信じていた、「キャリアと家庭は、両方手に入れられる(Have it all)」というのは幻想である、という刺激的な内容である。2002年に掲載されてからすでに5年以上がたっていたが、それでも話題に上るほど波紋を呼んでいた。

「パートナー探しを喫緊の優先事項とすること」?


留学中に読んだものの中でも、これには最大級の衝撃を受けた。32歳だった私は、結婚や出産なんてご縁なんだし、流れに任せて、くらいにゆるく考えていた。だが、論文では「あなたがキャリアも家庭も望むならば、以下のことをやるべし」として具体的なアドバイスまで盛り込んである。曰く、「パートナー探しを喫緊の優先事項とすること」「35歳までに最初の子どもを出産すること」。

まじか……。しばらく、自分の将来を考えざるを得なかった。

この先経験するであろうキャリアの浮き沈みを考えた時、自分の性格および能力からして、会社という1つの評価軸だけに自分を委ねてしまうと、かなり追い詰められる可能性があるように思えた。今後襲ってくるであろう仕事の荒波を、一人で軽々と乗り越えていく自信がなかったのだ。家族がいれば交友関係も広がるだろうし、仕事とは異なる場を持つことが、長い目で見ればキャリアにとってもいいんじゃないだろうか?

しかし、「35歳までに最初の子ども」って書いてあるけど、こと結婚だとか出産だとかいう分野において、そんなに物事を計画どおりに進められるんだろうか、という素朴な疑問も。

その後の大学院生活の間、そして、日本に帰国してからも、この論文のことは頭を離れなかった。

願ってもない大チャンス、だが、帰国する頃には41歳


結論から言うと、そんなに計画的に物事が運ぶはずもなく、ようやく「これ」という人に出会えたのは、あの論文を読んで5年以上経ってからのことだ。

ところが、まだ付き合って数カ月というときに、よりによって、特派員としてワシントン支局に海外赴任することを打診されたのである。38歳の誕生日を目前にした頃だった。

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