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この世にはgiveしか必要ないと思ったことをお話したいです。

こんにちは。

このところ本当に納得できたことがあります。コロナのおかげと言っていいと思います。

これは2014年頃からずっと感じて来たことですが、コロナのことが起こって、尚更喉を通った気がします。

「支えること」は「支えられること」

最初にそれを感じたのは、近所の奥様の姿です。奥様が大切に世話していた柴犬さんが死にました。毎日朝晩散歩が日課で、本当に大切にしていたわけです。

ある時その柴犬さんが死んでお世話する対象を失ったとき、奥様はガックリと老け込んでしまわれたのです。びっくりするくらい。

そしてそのあと、別の近所のご主人様も同じように愛犬を亡くしました。やはり同じように、急激に老け込んで本当に心配しました。

お世話してやらなければと思う誰かがあることは、お世話する人を若く元気に保つもとだったのだなと思わせられました。

その頃、実家の父が病気になり、入院手術、自宅療養と母が一生懸命尽くしていました。金婚式目前の二人にはもう愛情と言えるほどの気持ちはほとんどない様子だったし、母は愚痴を言いながら必死で世話していました。

だから、亡くなった後にホッとして楽になるのだろうと思っていたら、「寂しい」と言った。

「どうしようもないひとだったけど、居なくなったら寂しい」と。母はしばらく芯が抜けたようにポーっとしていました。

これまで、“自分が支えている”と思って世話してきたけれど、実は、“誰かを支えているということに支えられている”ということがそこにあるわけです。

今回、コロナのことで、思うように今まで通りのことができなくなり、収入もなくなり、希望を失いそうになりました。

そんな中でも、「誰かのことを思ったら頑張れる!」って、周囲の困ってる人を助けようと頑張った人がいます。正にこの心が、自分をも支えることになっています。

もうこの世にはgiveしか必要ない。

支えることは支えられること、与えることは与えられること。自分が発したものが自分にかえって来るのだから、初めから何も求める必要はないんだなと感じました。

私もそのような心で生きたいと思います。

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