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【エッセイ】”帝”が”言う”と書いて”諦”


 諦める、という言葉の終わってしまった感はすごい。
 諦念。
 諦観。
 全てが、照英と対極の語句であることを見せつける。

 人は誰しも生きている中で諦めを繰り返して大人になっていくものだ。
 スーツを着たあの人も。
 ママチャリを全力で漕ぐあの人も。
 ラーメン店で凄まじい水切りを披露している人も。
 もちろん元ギンガブルーの照英だって。


 だが、私は思う。
 人は諦めてから人生が再び動き出すのだ、と。
 安西先生は「諦めたらそこで試合終了ですよ。」と話したが、正確にはミッチーも諦めてしまいそうになってから3ポイントシュートを量産するようになった。

 何かを諦めることは、別の何かを始めることに他ならない。
 人は流れ行き着いた先に、新しい夢や、新しい立場、新しい生きがいを得る。

 がんばれ、諦めた人。
 諦めそうな人。
 これから諦めるかもしれない人。


 ああ。
 だが、わかる。
 わかるのだ、一割程度の納得していない人の気持ちが。
 きっと、その人たちはこう言いたいのだと思う。

 「諦」って漢字の組み合わせ、まさに「あきらめる」って意味をなしているよな、って。
 まあまあ。確かに。
 
 あの、「諦」って漢字の組み合わせすごくないだろうか。
「帝(みかど)」が「言う」と書いて「諦」と書く。
 いや、そりゃあ帝に言われたら、諦めるよなあ。

 帝「我に透き通る絹を与えよ。」
 泣く泣く、家畜と交換した絹を、差し出すよなあ。
 
 帝「我にパンを与えよ。」
 泣く泣く、並んだパン屋さんで買った食パンの一斤、差し出すよなあ。

 これを「あきらめる」と読ませる、漢字制作者のセンス。
 本当に素晴らしい。

 帝「我にスイカを与えよ。」
 一番甘くて美味しい先端を差し出すしかない。
 ここを食べるためにスイカを買ったのに。
 
 帝「我、お腹空いてないから夕食は要らぬ。」
 せっかく煮込んだビーフシチューを?
 隠し味に赤ワインも入れたのに?

 帝「我、11巻無くした。」
 おいおいおいワンピースの11巻、何無くしてくれてんすか、帝。
 アーロン編の一番面白いところですって。

 帝「ここからは、そちが歌え。」
 森山直太朗の「夏の終わり」のサビなんかめちゃくちゃ高音で難しいのに。
 裏声ひっくり返りますよ。
 しかも、このタイミングでドリンクバー行くんや。
 帝すぎる。

 帝「そち、歌詞で画面がいっぱいになるタイプのボカロ曲を歌え」
 あれは初音ミクというボーカロイドだから成立してる歌なんです、帝。
 人の喉で歌ったら壊れます。
 あと、さっき濃いめのラーメン食べたのにカラオケの高くて大きいデザートのやつ頼むのやめてもらっていいですか、帝。

 帝「我、やまなしの良さがわからない。」
 宮沢賢治のあの透明な世界観がわかりませんか、帝。
 クラムボンが何かわからんすぎるから、じゃあないんですよ。
 その余白を嗜むのが、やまなしですからね。
 クラムボンクラムボン言うなら、TikTokみたいな化学調味料ドバドバかけた娯楽を楽しんでいてください、帝。
 人の曲を延々と我が物顔で踊り続けてください。 

 帝「我がそなたで、そなたが我で。」
 階段かどっかでこけて転がり落ちましたか、帝。
 寝て起きたら違う誰かになっていましたか、帝。
 トイレの仕方がわからぬじゃあないんですよ、帝。
 
 帝「国はやらんし、お前は自害しろ。」
 あんまりすぎへん?
 絶対言ったらあかん。
 絶対あかんねんから、帝。

 帝「我は自害で、そなたは国で。」
 入れ替わった?
 なんか、ひどいこと言ってる時に神様のいたずらで入れ替わりましたか。

 帝「メディキュット、貸して。」
 絶対貸すやつじゃないから。
 なんか姉妹とかなら分かるけど。

 帝「ヨー!セユワナボンボラビリビリウォー!」
 いきなりSpice GirlsのWannabe歌うのは帝すぎますって。
 あちゃほなわんわなびりびりうぉーで続いたらいいですか。

 帝「好きです。」
 まだ、帝諦めてなかったんすか。
 彼女おるって言ってたのに。
 でもねえ、帝。
 僕は、このことを言わないといけないと思います。
 誰かを好きって思いは、そうそう諦めなれないっていうのと同時にね。
 権力でどうのこうのしたって心までは動かせないんですよ、人は。

 帝「我、泣きながら帰宅。」
 慣れないお酒を浴びるように飲んだから、パンプスもかかとが取れてしまいましたね。
 雨も降ってきたりなんかして。
 で、歌うんですよね。
 セーラームーンの乙女のポリシー。
 
 帝「我、お風呂にも入れない。」
 まあ、入りましょう、帝。
 手間かもしれないけど、今入らないとしんどいですからね。

 帝「我、洋楽を聴く。」
 邦楽はねえ、歌詞が刺さりすぎる時がありますからね。
 
 帝「我、こんな想いをするなら恋なんてしなければよかった。」
 分かります、分かりますよ、帝。
 あの傍若無人っぷりは好きの裏返しやったんですね。

 帝「我、諦められない。」
 帝が帝自身に言うわけですね。
 心に訴えかけるよう、諦められない、と。

 帝は恋をすることで初めて”諦める”という感情と、”諦められない”という感情を手に入れるのです。

 諦める、という言葉の終わってしまった感はすごい。 諦念。 諦観。

 人は誰しも生きている中で諦めを繰り返して大人になっていくものだ。
 スーツを着たあの人も。
 ママチャリを全力で漕ぐあの人も。
 ラーメン店で凄まじい水切りを披露している人も。
 もちろん恋に敗れた帝だって。


 だが、私は思う。
 人は諦めてから人生が再び動き出すのだ、と。

 何かを諦めることは、別の何かを始めることに他ならない。
 人は流れ行き着いた先に、新しい夢や、新しい立場、新しい生きがいを得る。

 がんばれ、帝。
 諦めてから始まるのが、本当の恋なのだ。


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