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【エッセイ】脳内BGMが最近ソナチネのメインテーマばかりをヘビロテしてくる

 32歳になって良いと思えるようになったものがある。

 例えば、定食屋のチェーン店。
 実家暮らしの頃は「あんなお惣菜、家で食べられるのに、なんで外へ出てわざわざ切り干し大根なんて注文するんだ」と思っていたが、一人暮らしをして痛感した。ああいう定食こそ、作るのに手間暇がかかるし、外で食べられるありがたみがあるのだ、と。

 例えば、日常系のアニメ。
 昔は、起承転結がある作品以外は、存在する意味がないと考えていたので、けいおん!を試聴していた友人に「え、あれを観る意味は何?」と心無い言葉を投げかけたことがあった。だが今なら、ああいうお粥のごとく見られるアニメが、疲れた人々の心を救うこともわかる。サビ残から帰ってきてトラどらの女子同士が殴り合うシーンは見れない。

 そういう意味では私の中で北野武監督作品も、この歳になって良さがわかるようになったものの一つに数えられるだろう。
 昔、地上波でオンエアされていた北野武監督の作品は、あまりに痛々しいシーンが盛りだくさんで、見るに耐えられなかった。
 そんな記憶のまま最近見た『ソナチネ』が本当に面白くて、もっと早くに見とけばよかったなあと後悔した。

 暴力と叙情がフィルムに表現されている。目を覆いたくなるような拷問の後に、詩的で繊細なシーンが挟み込まれたりするのだ。
 その音。その色。その風景。普段は物語性を重視する自分でも、余白の良さを噛み締めることができる。
 そして、その余白が映画体験として胸に刻まれる。見る側を考慮しながら、あえて作られている。その辺りのバランス感覚が、さすが芸人さんをされてるだけある、と感じられる。
 それまで私は世界まる見えで被り物をしているビートたけししか知らなかったが、そりゃあこれだけの作品が作れるのなら、もういくらでも世界まるみえで白い煙のガスみたいなのをシューって若手に浴びせてもいいな、と思った。
 特に、紙相撲のシーンが白眉なので、まだ見られてない方は是非ご視聴頂きたい。

 さて。そんな映画体験があまりに良いものだったからだろうか。
 私は最近仕事でミスをすると脳内に北野武監督『ソナチネ』のメインテーマが流れるようになってしまった。

「あれ提出するのって先週までだったと思うけど、出してた?」
「えっ、あのっ、あっ」
https://www.youtube.com/watch?v=bQVk6Iu5lFI

 これである。
 である、ではない。

「この前頼んでた資料、もう、準備いけるよね。」
「えっ、あっ、あの、その、」
https://www.youtube.com/watch?v=bQVk6Iu5lFI
 ミスそのものより、ミスをしてしまった自分に対してソナチネのメインテーマ的な不安定な気持ちになる。「はっ、はっ、はぁぁっ。」みたいな。

「あれ、頼んでた弁当、俺カツ丼って言ってなかった?」
「えっ、あの、あっ、あっ」
https://www.youtube.com/watch?v=bQVk6Iu5lFI
 その心情、水に沈められた雀荘の店主のごとく。アバンギャルドミス、とはこのことを言うのだろうか。いや、まずミスをするな。


 昔から集中力がないことに定評のある私なのだが、油断をしていると頭の中にBGMが流れる。しかも自動操縦だ。こんなに嬉しくないオート機能も、なかなか存在しない。

 今回のソナチネのテーマのようなことが普段からも多く、32歳になった今は、そんな奇特な癖ともある程度付かず離れずで付き合えるようにはなってきた。
 
 過去には大学受験で『ガチャガチャぎゅーっとふぃぎゅ@』が止まらなくなったことがある。結果は一浪。何してんねん、である。

 ソナチネ以外でいえば、最近はアニメ化されていない少年漫画などを見ている時にBLUE ENCOUNT「もっと光を」が流れるようになった。これが本当に名曲なのだ。

 この曲の最高なアニメオープニングソング感は異常。
 たぶん週間少年漫画系は一通り網羅している。
 NARUTOもBLEACHもヒロアカもワンピースも何でも合う。
 やりようによっては五等分の花嫁も合う。
 リゼロとかも合うだろうし、たぶん知らないだけで、めちゃくちゃMADとか作られてる。

 歌詞も、ただただ真っ直ぐだ。
 愚直なまでに。"悲しい記憶に寄り添うたびに 答えを求める"彼が"もっと光を"と繰り返す。"もっと光を君に届けたくなったよ"と何度も何度も何度も何度も繰り返して繰り返して繰り返して。
 まだ足りないまだまだ足りない。
 その熱が歌にこもる。

 そんな歌なので、漫画の良いだろうシーンに来ると脳内で「かなーしいーきおーくにー♪」が差し込まれる。https://www.youtube.com/watch?v=soIveYMAZwM
 最近ではアニメやドラマを見ていても脳内で「おっ、いいシーンだな」と思ったら「かなーしいーきおーくにー♪」が差し込まれた。https://www.youtube.com/watch?v=soIveYMAZwM


 もう、何なら普通に作り物のシーンではない場面でも流れる。
「心の声(よし、このゴミをゴミ箱へ一発でスローインできたら今日1日は最高で幸せな出来事が起こる)」→投げる→入る→「かなーしーきおーくにー♪」https://www.youtube.com/watch?v=soIveYMAZwM



 逆に、ソナチネが脳内を支配するまでは、失敗した時に流れる曲はビリージョエルの『Honesty』だった。

 こちらは、あえて明言するまでもない名曲中の名曲である。


『Honesty』は切ないことや悲しいことが起こるとサビが反復された。(公式の動画だと0:35あたりから)

「すみません、醤油ラーメンにライスも付け足しで」
「ごめんなさいライス売り切れなんです」
(0:35)


(心の声「あっ、あの人の足元、なんかゴミ落ちてるな」)
「えっ」「どうしたん」「あの人、私の足ずっとチラチラ見てたんやけど」「やばっ、きもっ」 
(0:35)


「あの服のXLありますか」
「こちらになります」
「試着してもいいですか」
「どうぞ」
 全然入らへん。
(0:35)


 
 以上を踏まえた上で私の日常をしたためると、このような半日になる。

 ※出社。
「おはようございます。」
上司「あっ、おはよう。早速朝から悪いんやけど、今日中にやっとかなアカン資料ってもう出来上がってる?」
「あっ。あの、その」

同僚「あっ、それ、僕がやっときました。」
上司「わかった。」

「ありがとう。」
同僚「いや、それはマジでアカンやつやで。マジでいつまで仕事覚えへんの。怒られるのこっちやで」
(0:35)

同僚「大体お前さあ、こんな時間からきていつもぎりぎりの仕事になるわけやからさ、もっと早く来んとさあ、」

ふぃぎゅあっと!(それ!) ふぃぎゅあっと!(どりゃ!) ふぃぎゅあっと!(もー!) ふぃぎゅあっと!(そりゃ!) ふぃぎゅあっと!(てりゃ!) ふぃぎゅあっと!(えーい!) ふぃぎゅあっと!(もういっちょ!) あっとめいと☆
←パソコンを叩きながら

とびっきりタフな妄想ね もう止めるスキすりゃありゃしない(FEVER☆) ちょっとぐらい枯れてもハンドルひねればまだまだ出るんじゃない?(補充完了!)←コーヒーを啜りながら

ふぃぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅっと急接近 素体 実体 実物大!(ふぃぎゅぎゅ~) 触れて濡れて 魔法をかけて (いいからはやく か↑ け↓ て↑)(POM!)←引くくらい取引先に怒られながら

ガチャガチャきゅ~っとふぃぎゅあっと☆ この街に降りた天使(エンジェル) おでまし愛の原型師 妄想 爆走 いのちがけ!(POM!)←一人で寂しくお昼を食べながら

ガチャガチャきゅ~っとふぃぎゅあっと☆ 怒涛のトラブル天使(エンジェル) 見とれるような造形美 もっと ちゃんと 愛でなさい! 磨きなさい! 崇めなさ~い!(FU~!)←残業をしながら 

 いや何度も同じことを言うが。
 ミスをしなければいいのである。

 (FU〜)ではない。
 耳をふさぎたくなる、とはこのことを言うのだろう。

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