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田舎の暮らしと生きる力

GWということで、兵庫県豊岡市にある父方の実家に来ている。
東京での仕事を定年退職後、父は自分の生まれ故郷である兵庫県豊岡市に移住し、仕事をしながら農業をしている。(我が家のお米は父が作ったお米。いつもありがたく頂いている🙏🏻)

私にとっては子どもの頃から祖父母の家として遊びに来ていた場所だ。父が移住してからは、年に数回息子を連れて遊びに来ては、田舎暮らしを楽しんでいる。

田舎暮らしはのんびりしている、というイメージとは裏腹に、父はとっても忙しそう。
広い庭や田んぼの手入れ、山や自分の住む村の管理や掃除などを、田舎の人たちは全て自分たちの手でやっているのだ。川に生い茂った雑草も、動物が畑を荒らさないような仕掛けも、誰も勝手にやってはくれない。

田んぼの手入れなんて1年中気にかけないといけないらしい。思い通りになるはずがない自然を相手に、雨の様子を気にかけながら水の量を調整したり、真夏の太陽の下、次から次へと生えてくる雑草を抜き続けたり。
こうして手間暇かけてようやくできたお米を売っても、最終的にはなんと赤字だそう…!若い人でやりたいという人がいないことにも頷いてしまう。

日本の食料自給率は40%を下回っているという。もし何らかの影響で世界からの輸入が止まってしまったら、日本人は生きていけない。

ふと考えると…
土や草に触れる機会はほとんどなく、1日中デジタルデバイスに触れていること。虫や野生の動物を目にすることがないこと。誰がどんな風に作ったかわからない食べ物や、出来上がった食事ばかりを口にすること…
こういうことは、"自然にはあらず"、つまり"不自然"なことなんだなと気づく。
都会の緑が"キレイ"なのは、誰かがいつも手入れをしてくれているから。自分が手入れをしなくても雑草がボーボーになることはない。

文明が発達しているから今から完全な自給自足の暮らしに戻ることは難しいけれど、人間として、自然と共存する知恵や、生き抜く力を少しは身につけておきたい。
薪で火をおこしたり、家族が食べられる程度の野菜やお米を作ったり。(実家の薪ストーブを使ってみて初めて、火を焚き続けることが難しいということを知った)パソコン片手に仕事をするだけでは、いざという時に生きてはいけない。

父が住む村は、跡継ぎがいなくて農業を続けられない家が少なくないようだ。この問題はきっと日本中の田舎で直面している問題だろう…。
日本中の田舎を突然救うことはできないけれど、せめて自分たち家族でできることはやっていきたいと思う今日この頃。
…また遊びに来がてら、お手伝いします!!

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