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【過去記事】ラストダンスをもう一度

 1998年6月にマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズがユタ・ジャズとのNBAファイナルに勝利して6度目の優勝を果たした後に、雑誌「HOOP」に書いたエッセー。93年に電撃引退し、世界を驚かせた野球挑戦を経て、NBAに復帰して2度目の3連覇を最初の3連覇とは違う形で楽しんだジョーダンの心境の変化について書いた文章です。
 ジョーダンが現役引退を正式に発表したのは、この7ヵ月後のこと。のちにウィザーズで再度現役に復帰していますが、ブルズのユニフォームを着たのは97-98シーズンが最後となりました。

MJ23 Last Dance, Once More
ラストダンスをもう一度

               HOOP 1998年8月号掲載(日本文化出版)

 その瞬間のことを、彼は「キュート」という言葉で表現した。
若い女の子が好んで使う「キュート(=すてき)」という言葉がマイケル・ジョーダンの口から出てくるのも不思議だったが、なによりその状況が状況だった。今年のファイナル第5戦、勝てばホームで優勝、負ければ敵地に戻って残り試合を戦わなくてはいけないという試合の残り 1.1秒。2点差を追うブルズはタイムアウトをとり、フィル・ジャクソンが最後の望みを託したプレイを指示した。ジョーダンがキュートだと言ったのは、この瞬間のことだった。
「みんなが息を止めて待ち構えている。誰も次に何が起こるかわからない。そのことがキュートだった」

 次に起きたことは、ジョーダンが思い描いていたこととは少し違った。サイドでパスを受けたジョーダンが放ったシュートは、ゴールにかすることもなく床に落ちてしまったのである。負けず嫌いのジョーダンにとって最高に悔しい瞬間のはずだった。それなのに、ジョーダンはそのときのことを振り返り、屈託のない笑顔で「キュートだった」だと言ったのである。知り合いの日本人記者が「なんだかジョーダンがお坊さんに見えてきたよ」とつぶやいた。

 これだからジョーダンの取材は面白い、と思った。10年以上取材し続けてもまったく飽きることがないのは、こうやっていろいろな意味でジョーダンがこちらの予想を裏切り、意外な、新しい面を見せてくれるからだ。
意外といっても、ジョーダンの場合はロッドマンのようなきわもの的、アンバランスな意外さではない。むしろ、ジョーダンほどあらゆる面でバランスがとれた選手はいない。
 イメージとしては、ジョーダンが頻繁にコートの上で見せるプレイに似ている。ボールをキャッチしたジョーダンがシュートをしようと宙に跳ぶ。相手のディフェンスは必死に体当たりして止めにくるが、ジョーダンは衝撃を吸収したうえで空中で身体のバランスを立て直し、シュートを決める。相手の出方によってどうやって身体を動かせばバランスを取り戻せるか、無意識のうちにわかっているのである。コートから離れたジョーダンも、様々な障害に遮られ、あるいは岐路に立ちながら、無意識のうちに自分にいちばん最適な方法を選んでいるようにみえる。

  驚いたといえば、忘れられないのは93年秋の突然の引退だ。
 その夜、テレビでワールドシリーズを見ていると、合間に「マイケル・ジョーダンが明日引退を発表する」という緊急ニュースが流れてきた。驚いてブルズPRのスタッフの自宅に電話した。
「明日の朝、バートセンター(ブルズ練習場)で記者会見が行われるのは本当よ。ただし、記者会見を開くのはジョーダンはなくシカゴ・ブルズだけどね」
 ジョーダンに関係ある記者発表なのかすら明かそうとしない言葉に、かえって引退が本当であることを悟った。

 ジョーダンは以前から「力が衰えないうちに引退したい」といってはいたが、まだ衰える気配すら感じられないこの時点で、しかも契約を3年も残して引退するとは意外だった。そして、もっと驚いたのが間もなく大リーグに挑戦し始めたときだった。
 なぜバスケットボールをやめて野球を始めたのか。ジョーダン自身が説明する言葉を聞き、彼のまわりの人たちにもいろいろと聞いてまわっているうちにハタと気づいた。ジョーダンは登山家なのだ。登山家が山に登る目的は山頂を極めること。3度の優勝でバスケットボールの山の一番高い頂に上り詰めてしまったジョーダンは、そのまま山頂にとどまって景色を楽しむことより、山を下り野球という別の山に上ることを選んだわけだ。
 このたとえが実際のジョーダンの気持ちに近いものなのかどうか知りたかったので、ホワイトソックスのスプリング・トレーニング地まで取材に行った。そして本人から「それはなかなかいい分析だ」とお墨付きをもらったのである。

  それから1年後、ジョーダンは今度は突然のNBA復帰で私たちを驚かせてくれた。インディアナでの復帰戦にはシカゴから車を3時間走らせて駆けつけた。同じことを考えた記者やレポーターは多く、さらに全米各地から駆けつけた記者たちもいて、試合後の記者会見場はまるでNBAファイナルのような熱気だった。そして、その熱気はそれからブルズのシーズンが終わるまで2ヶ月間続いた。いや、あのときから今までずっと続いていると言ってもいいかもしれない。

 まわりが熱狂する中で、ジョーダンは意外なほどリラックスしていた。引退直前に比べてずっと楽しそうにしていた。若いチームメイトをからかい、私たち記者たち相手にもジョークを言って笑うことが多くなった。
「こんなにリラックスしているジョーダンは見たことがない」
 何年もブルズを取材している地元記者たちも口をそろえて言っていた。
いったんバスケットボールから離れたジョーダンは、そのことでかえってバスケットボールを、そして人生を楽しめるようになったようだった。あるいは、愛する父ジェームスの死を経験したことで、どんなことでも永久に続くことはないと再確認し、そのときどきを楽しもうと思うようになったのかもしれない。もはや、ジョーダンは頂にたどり着くことだけを目標に山登りする登山家ではなかった。目標が山頂であることは変わりなかったが、ときには道の脇に咲いている美しい花に見とれ、いっしょに歩いている仲間との会話も楽しみながら山頂を目指していた。

  確かにジョーダンは悟りを開いたのかもしれない。もともと、ジョーダンは若い頃からとても成熟した考えを持っていて、物事に対して自分なりの見方ができる人間だったが、そこにさらに影響を与えたのが、禅に興味をもつジャクソンである。
「禅を利用してリラックスすることにした」
 今年のファイナル中、ジョーダンはこういって宣言している。
「イライラするかわりに笑う。自分の考えやフラストレーションをまったく別な方向にむける。これが最後、僕らのラストダンスになるかもしれない。これまで僕はそのことをあまり深刻に考え過ぎていたのかもしれない。それより楽しむべきだと思うようになった」

  ファイナル第6戦で、再び「キュート」な状況に遭遇したジョーダンは、今度はブルズの優勝を決めるシュートを沈めた。もしこれが本当にジョーダンにとってのラストダンスだとしたら、これほどふさわしいエンディングはないだろう。
「もう一度みんなで戻ってこられたら嬉しい。でも、それは夏の間に決めなくてはいけないことだ」とジョーダンは言う。

  ジョーダンのプレイはまだ見続けたい。できればみんなで揃って笑顔で7度目の山頂を目指してほしいと思う。しかし、山頂への道が荒れていて、脇に花も咲いていず、いっしょに登る仲間もいなかったら、いったい誰が山に登りたいだろうか。ジャクソンやピッペンがいなくなったら現役を続けるつもりはないと言うジョーダンの気持ちは、理解できる。

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