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終わらないラブレター


「ねぇ、パパ!何書いてるの??」


息子が下から覗き込んできた。

〇〇: これはね、好きな人にラブレター書いてるの

「ラブレター??ラブレターってなーに?」

〇〇: 好きな人に好きだって伝えるお手紙だよ

「パパの好きな人ってママのこと...?」

〇〇: そうだよ、ママのこと。

「ふーん、ママにお手紙書いてるんだ〜」

〇〇: うん。ママには内緒だよ。

「わかった!」


〇〇: ほら、ママが呼んでる。ママのとこ行こっ

「うん!」



そう、俺は妻に手紙を書いている。

手紙と言っても今書き始めたわけじゃない。

高校生の頃から、書いているものだ。

手紙とかいう文量じゃなくなっているが。

書き始めたのは、高校2年生の春かな。

ラブレターの1行目には、こう書かれている。

"親愛なる、和ちゃんへ。"



高校2年生の春

出会いは突然だった。

駅のベンチで本を読んでいた俺は、
彼女に突然話しかけられた。


和: いつも同じ本読んでるよね。

〇〇: え...?なんで知ってるの?

和: あっ、私の存在、気づいてなかった?

〇〇: どういうこと?

和: いつもこの時間、あなたの横に座ってる

〇〇: えっ、そうなの?

和: やっぱり、気づいてなかったか。

〇〇: ごめん...

和: いや、大丈夫。突然話しかけてごめんね。

〇〇: その制服、〇〇高校?

和: そう、よく知ってるね。

〇〇: 姉が通ってた。

和: そうなんだ。名前、聞いてもいいかな?

〇〇: 俺の?

和: うん。

〇〇: 名前は、〇〇。

和: 〇〇君。いい名前だね。

〇〇: ありがとう。君は?

和: 井上和。和って書いて、なぎ。

〇〇: いい名前だね。何年生?

和: この春から、2年生。君は?

〇〇: 俺も、この春から2年生。同じだね。

和: そうだね...

ガタンゴトン...ガタンゴトン...

俺が乗る電車の音が聞こえてきた。

俺は電車に乗ろうと、立ち上がって前に3歩進んだ。


和: ねぇ!

俺は振り返った。

和:明日も...!この時間、ここにいるよね?

電車の音に掻き消されないように彼女は大声で言った。

〇〇: うん。

俺は彼女に向かって強く頷き、電車に乗った。



翌朝。

和:あっ

〇〇:あっ

和: ...おはよう。

〇〇: おはよう。

少し気まずい空気が流れた。
沈黙を破ったのは彼女の方だった。

和: 今日は、いつもの本読まないの...?

〇〇: 今日は、読まない。

和: なんで?

〇〇: 昨日学校に忘れてきたんだ、その本。

和: そうなんだ。なんていう本なの?

〇〇: カミュって人の、異邦人っていう本。

和: 異邦人...どんな本なの?

〇〇: 人間の不条理さが描かれてる。
本来、生きることは、無意味なことなのかもと考えさせられる。

和: 生きることが...無意味なこと?

〇〇: そう。僕達は、なんのために生きてるんだろうね。

和: 難しいテーマだね。

〇〇: 君はどう思う?

和: うーん、、

〇〇: 難しいよね。

和: 死ぬ時までに、生きていた意味が見つけられたらいいんじゃないかな。

〇〇: 死ぬ時までに、か。

和: そう、焦って意味なんか見つけなくたって意外と私達の人生は時間がある。だから、ゆっくり、時間をかけて意味を見出していったらいいんじゃないかな。

〇〇: そうか、確かに。ありがとう。

和: いえいえ。

ガタンゴトン...ギィ...

電車がやってきた。

今度は、こちらから話しかけた。

〇〇: ありがとう。また明日!

そう言うと、彼女は微笑みを浮かべた。



次の日、駅のベンチに彼女の姿はなかった。

その次の日も、またその次の日も

彼女は姿を現さなかった。



俺は、彼女に向けて手紙を書き始めた。

思えば、俺は彼女のことをほとんど何も知らない。

電話番号も、住んでいる所も、何も。

知っているのは、名前と顔と年齢、あと高校名。

もっと、ちゃんと色々聞いておけばよかった。。

そう思っても、もう遅い。

俺は彼女への溢れんばかりの想いを手紙に綴っていった。




「ねぇ、パパも早く降りてきて!!」

階段の下で、妻と息子が待っている。

俺の生きる意味が、そこにある。

その先の、妻との物語は、また、別のお話。

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