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カフカ『家父の心配』―オドラデクって何?

カフカの『家父の心配』を訳し、解釈してみた。すさまじく長くなってしまった……。

『家父の心配』は、1917年4月初めに成立したと推定される。後に、短編集『田舎医者』(1920)に収められた。

カフカ『家父の心配』

 ある人々は、オドラデクはスラブ語に由来すると言い、それを根拠にこの語の発生を証明しようとする。また別の人々は、それはドイツ語に由来するのであり、スラブ語からは影響を受けただけだと言う。しかし、両解釈とも不確かであることから、いずれも妥当しないと結論づけるのが正当だろう。なにしろ、いずれの解釈も、言葉の意味一つ見つけ出せないのだから。
 そのような研究に携わる人がいるのも、オドラデクと呼ばれる存在が実際に存在しているからこそのことである。一見したところ、それは星形の扁平な糸巻きのように見える。実際、より糸が巻きつけられているようだ。とはいえ、それはさまざまな種類と色からなる糸くずにすぎず、すり切れて古く、結び目がいくつもあるばかりでなく、互いにもつれ合ってもいるようだ。ただ、単なる糸巻きではなく、星形の中心から小さな一本の棒がまっすぐに突き出ており、この棒にもう一本の棒が直角に接合されている。一方はこの二本目の棒に支えられ、他方は星形のとんがりの一つに支えられて、全体は、二本脚で立つように、しっかりと立っていることができる。
 人はどうしても、この構造物はかつては実用性のある何らかの形をしていたのだが、今はただ崩れてしまっただけだ、と思いたくなる。しかし、そうではないようだ。少なくとも、そういったところはまったく見られない。それを示唆するような手がかりや壊れた箇所は、どこにもない。全体は、なるほど無意味ではあるが、それなりに完結しているように見える。なお、それ以上のことは言えない。というのも、オドラデクはきわめてすばしっこく、捕まえることができないからだ。
 彼は、屋根裏や階段や廊下や玄関などを交互に行ったり来たりしている。ときには、何カ月も姿を見せないこともある。そのときはおそらく、他の家に移住しているのだろう。しかし、やっぱり必ずまた、我が家に戻ってくる。ドアから出たとき、彼がちょうど階段下の手すりにもたれていたりすると、話しかけてみたい気持になる。もちろん難しい質問はできず、子供に向かうように――小さいのでどうしてもそうしたくなるのだが――話しかけることになる。「何て名前なの?」と尋ねる。「オドラデク」と彼は言う。「どこに住んでるの?」「いつも決まってないんだ」と言って笑う。でもそれは、肺がなくても出せるような笑いだ。たとえば、落ち葉がかさかさと音を立てるように響く。それで会話はたいてい終わる。ただ、こういった返答もいつも得られるわけではない。木にでもなったかのように、長い間黙っていることもよくある。
 考えても仕方のないことだが、彼は将来どうなるんだろうと思ったりする。死ぬことがあるんだろうか。死ぬものはすべて、それまで何らかの目標を持ち、何らかの活動を行い、それで身をすり減らすものだ。これはオドラデクには当てはまらない。ということは、いつの日か、たとえば私の子供たちやそのまた子供たちの足もとの階段を、より糸を引きずりながら、ころころ転がり落ちたりすることになるんだろうか。彼が誰の害にもならないことは明らかだ。しかし、私が死んだ後も生きている彼の姿を想像すると、胸が痛くなるような気がする。(ヨジロー訳)

不可解なオドラデク

この短編を読んだ人は皆、すぐに紙を取り出して、オドラデクがどのような形をしているのかを絵に描いてみたくなるだろう。

奇妙で、不可解な、しかしどこかかわいらしい生き物、それがオドラデクだ。

だが、オドラデクとはいったい何なのか? 物なのか、虫のような生き物なのか、人なのか?

これまでの研究

宮沢賢治の童話『やまなし』に登場するクラムボンと同じように、オドラデクについても研究者たちによってこれまでありとあらゆることが言われてきた。ざっと概観してみよう(★1)。

オドラデク(Odradek)という語について

まず、オドラデク(Odradek)という語について。

スラブ語に由来し、「神の意志に背いたもの(der von Rat Abgefallenen)」「背教者(Abtrünniger)」あるいは「民族からの離反者(Abtrünniger)」。(Brod, 1922, 1954)
チェコ語の「odraditi(諫止する)」に、スラヴ語の「od(ab, weg von 否定、分離)」と縮小語尾の「ek」がついたもの。意味は、「諫める者、諫止者(Abrädchen)」。(Emrich, 1957)
カフカ家がいつもパンを買っていたプラハのパン屋Odkolekに由来。(Urzidil, 1970/71)
チェコ語に由来し、「書き言葉では捉えることのできない、秩序外の存在」を意味する。(Backenköhler, 1970)
チェコ語のmám tě rád――ドイツ語では、ich hab dich lieb(お前が好きだ)――がOdradekになったのではないか。つまり、カフカは、父親が自分に言ってくれなかった言葉を名前としたのではないか。(Pierre, 1976)

カフカが『家父の心配』の第1段落で書いたことが、まさに研究者たちの間で行われ、同じように結論が出ないままに終わった。ただ、筆者は、バッケンケーラー(Backenköhler)の「秩序外の存在」という解釈は、作品の内容との関連からかなり有力であると思う。

オドラデクが何かについて

語源はここまでにして、次に、オドラデクがこれまでどのような存在と捉えられてきたのかを見ていこう。

具体的な物や人物
子供のおもちゃ(Backenköhler, 1970)、バイク(Ehrich-Haefeli, 1990)、ゲーテのミニヨン(Borgstedt, 2009)
哲学的解釈
忘却の中にある事物(Benjamin, 1934)
マルクスの商品概念と一致(Bense, 1952)
迷宮としての世界を表す小型の怪物のミニチュア(Pongs, 1960)
目的のない、意味から解放された実存、絶対的な自由(Emrich, 1966)
いずれ訪れる自身の死に対する不安を外界に投影し、具象化したもの(Saße, 2003[1994])
宗教的解釈
星形の糸巻きはダビデの星で、棒は十字架。すなわちユダヤ教を表す。糸はキリスト教神学。オドラデクは、同時代のキリスト教の厄介な位置を体現するもの(Weinberg, 1963)

プラハやドイツに住む同化ユダヤ人(Krings, 2017)
伝記的解釈
カフカ自身の実存のイメージ(Binder, 1977)

未完のままに残されたカフカの作品『猟師グラッフス』のこと(Pasley, 1965)
(批判版全集の別巻の編者たち、Wolf Kittler, Hans-Gerd Koch, Gerhard Neumannも、この作品の執筆時期を確定するに当たって、この説に言及しており――<もし正しいなら>という限定付きではあるが――、現在でも依然として有力。S. 349)

カフカのすべての作品のこと。それらは形式は熟達しているが意味が欠落しているから。(Alt, 2005)
精神分析的解釈
抑圧された無意識(Ehrich-Haefeli, 1990)
男性の去勢不安(Lange-Kirchheim, 1995)
その他の解釈
カフカは、テクストに意味があるかのように見せかけることで、著者とテクストの関係を問題化している。オドラデクはそのために持ち出された「ジョーク(Scherz)」にすぎない。(Stahl, 1966)

オドラデクについて

オドラデクが何かについて、実にさまざまな解釈があることがわかる。それぞれのオドラデク解釈に応じて、作品が何を表現しているのかについても、千差万別である。ここではそれをまとめることはとてもできない。

以下、筆者の解釈を紹介していく。

語り手に注目して

この物語を初めて読む読者がどのように理解していくのかを想像してみよう。特に、物語の語り手はどう捉えられるだろうか。

第1段落から第3段落まで、オドラデクについて客観的で冷静な記述がなされる。語り手は叙述対象であるオドラデクと一定の距離を保っている。読者は語り手の存在を意識することはほとんどない。せいぜい、奇妙な物体や珍種の生物についての学者の報告を聞いているような印象を受けるくらいである。

第4段落でも、オドラデクについての報告が坦々と行われる。しかし、この段落には、「他の家に移住している」とか、「我が家に戻ってくる」という表現があり、ここで語り手が限定されることになる。読者は、語り手がある家の一員であることを知る。また、語り手がオドラデクに「子供に向かうように」話しかけているところから、語り手が大人であることがわかる。

第5段落は、それまでの段落とは調子が大きく異なっている。冷静で落ち着き払っていた語り手が、突然感情的になる。語り手は「私」として登場し、自分がいなくなった後のオドラデクがどうなるのかを想像して、胸を痛めている。

ここに至って読者は、この作品の題名が「家父の心配」であることを思い出し、語り手が父親であること、そして「心配」の対象であるオドラデクがこの父親の息子であることに気づく。

「家父」は原語のドイツ語では、「Hausvater」である。これは家長としての父親のことである。家長には、妻と子供たちを率いていく存在というイメージがある。「私の子供たち」とあるように、この一家には子供が何人もいる。多くは父親の期待どおりの子供たちだ。だが一人だけ、意に沿わない息子がいる。

立ち姿がしゃきっとしていないし、社会に役立つ存在でもない。ほとんど口を開かず、子供のようにじっと押し黙っていることも多い。人と積極的に交わろうとしないのだ。人生の目標をしっかりと持って、それに向かって努力することもない。家の中心である居間にほとんど来ることもなく、周縁的場所である「屋根裏や階段や廊下や玄関」をうろつくばかり。友人宅に行っていつまでも帰らないこともある。父親にとっては理解できない存在だ。

父親が息子に感じる不可解さを息子の外形や動作や話しぶりに投影すると、オドラデクになる。

オドラデクは、父親にとってのできの悪い息子、不肖の息子なのだ。この息子は将来どうなるんだろう、自分が死んだ後はどうやって生きていくんだろう、と父親が考えて不憫に思っている。これが物語の骨子だ。

「私の子供たちやそのまた子供たちの足もとの階段を(……)ころころ転がり落ちたりする」というのは、自分の子供たちが結婚し、彼らに子供が生まれるようになっても、まだ身を固めることもなく、この家をうろついているんだろうか、ということである。

カフカは、息子を「息子」という言葉であっさり表現してしまわずに、父親の目にどのように映っているか、父親がその存在をどのように受け止めているかを、徹底的に誇張し、歪曲して示す。息子はすさまじく異化されている。

二つの疑問

だが、疑問が二つある。一つは、なぜカフカは不肖の息子をオドラデクのような奇妙な存在にしたのか、という問題である。

他の一つは、第5段落にある「死ぬことがあるんだろうか」という父親の自問である。オドラデクは不死の存在であって、やはり人間ではないのではないか。

疑問1について

まず、最初の疑問であるが、これについては、このような表現の仕方をするのがまさにカフカ文学の特徴だから、と言える。

たとえば、『変身』の主人公グレゴールは虫である。カフカが主人公を、精神を病んで虫になったと思い込んでしまった人間とせず、実際に虫にしたのは、それによって他者と主人公の懸隔の大きさを表すためである。主人公が、会社の人や家族といった世間一般の人とまったく異質な存在になったことを可視化するために、虫にしたのだ。

オドラデクも同じように人間ではない存在であるかのように表現されている。父親の眼から見て不可解な生き方をする息子、その息子の不可解さを外形とすることで、父親と息子の隔たりが明示される。(★2)

カフカは、「彼は虫のような存在だ」を「彼は虫だ」とする。直喩を隠喩にし、その隠喩をそのまま物語内現実とするのだ。

疑問2について

二つ目の「死ぬことがあるんだろうか」について。

父親のこの言葉に引っかかって、多くの研究者がオドラデクを不死の存在にしてしまった。しかし、これは単に父親の脳裏をよぎる一時的な思いにすぎず、しかも推測として語られているにすぎない。それなのに研究者たちは、まるで物語内の事実であるかのように受け取ってしまった。

ここでの文脈で大事なのは、不死ということではない。父親がもっとも言いたいのは、<生きるということは何らかの目標を持って活動することだ>ということである。この強い固定観念から派生して、<身をすり減らすことのないオドラデクは、死なずにいつまでも生きるんじゃないか?>という誇張的な思いが生まれている。

『父への手紙』によれば、カフカの父親は、きちんと食卓に近寄らずに座る自分の娘を、「テーブルから10メートルも離れて座らなければならないのか、この太っちょは」と、「食事のたびに」罵倒した。父親は誇張表現が得意だったのだ。このような父親なら息子に対して、<おまえときたら目標も持たなければ、まったく何の活動もしない。身をすり減らすことがない。死なずにいつまでも生きるんじゃないか。俺の孫の代になっても、その足もとをかさこそ動き回ってるんじゃないか?>くらいは十分言いそうだ。このような辛辣な皮肉を完全に毒抜きし、息子を心配する言葉へと穏和化したのが――なぜそうしたかは後述――「死ぬことがあるんだろうか」だ。

テーマは?

この作品が、不肖の息子を持つ父親の「心配」を描いていることがわかった。では、読者はこの作品をどのように読めばいいのだろうか。確かにこんな息子がいれば父親は心配だろうな、と父親に感情移入すればいいのだろうか。それとも、息子をこんなふうに見るなんてひどい父親だ、と父親を批判するべきなのか。

父親はどんな人?

この話は、父親がオドラデクについて語るものだ。しかし、何かを語ることは同時に、語る者の価値観をあぶり出す。父親はどのような価値観を持っているのだろうか。

第1段落で、父親はオドラデクという名前についてあれこれ語っている。名前の由来が気になるのは、それが父親の住む国で普通に見られる名前ではないからだ。ここからわかるのは、素性がきちんとしていることを父親が好むということである。

第2段落では、オドラデクの形について語っている。父親には息子の見た目が奇妙に思える。立ち姿や格好がしゃきっとしていないと感じるのだ。父親は外見を重視している。

第3段落では、オドラデクに実用性があるか、機能性があるかを問題にしている。父親が、社会的有用性を持って生きることが意味のあることだと考えていることがわかる。

第4段落では対話が行われている。父親はまず名前を尋ね、次に住んでいるところを聞いている。名前や住んでいるところから始めるのは、人間同士の最初のコミュニケーションではごく一般的なことだ。だが、もっと別の問いから始めることだってありうる。この父親がそうしていないことから、彼が慣習的な言語使用をする常識人であることがわかる。

最後の段落からは、何らかの目標を持ち、それに向かって活動するのがすべての生き物だ、と父親が確信していることがわかる。この意味でも、父親は常識人だ。

このように見てくると、父親はいわゆる世間人で、世の中の多くの人が共有している価値観に従って生きていることがわかる。ごく普通の社会人であると言えよう。

テーマ

これでこの作品が理解できる。世間的な価値観を持ち、それを絶対とみなす父親。その父親に、いろんな点で自分の価値観から外れてしまう息子がいる。父親は息子が不可解で仕方がないのだ。カフカはその不可解さを思い切り歪曲し、誇張して描く。徹底的にパロディ化している。父親にはこんなふうに息子が見えるんだろう、と。

特に第5段落の、「死ぬものはすべて、それまで何らかの目標を持ち、何らかの活動を行い、それで身をすり減らすものだ」という一文には、父親の価値観が強烈に表れている。<~のように見える、思われる(aus|sehen, scheinen)>という表現の多いこの作品の中で、珍しく断定されている(★3)。それは父親の絶対的な信条だ。その信条の裏面には、しっかりした目標を持って生きない人間は人間ではない、という強い固定観念がある。息子がオドラデクに見えるのはそのためである。父親の固定観念が、息子の姿を歪めている。

自分とは価値観の異なる存在を、価値観の異なるままに受け入れること、それがこの作品のテーマとなっている。

伝記的観点から

伝記的観点から補足しておこう。

オドラデクはカフカか?

伝記的事実に即して見れば、オドラデクは明らかにカフカである。

第1段落で示されているように、カフカは自己のアイデンティティの不定性に悩んだ。チェコ人が多数を占めるプラハでドイツ系ユダヤ人として、しかも、ユダヤの伝統を守り続ける東欧ユダヤ人ではなく、西欧に同化したユダヤ人として生きた。とはいえ、西欧ユダヤ人社会にすんなりとけ込めたわけではない。周囲の社会への異和感がカフカを「書くこと」へと向かわせた。

第2段落の「星形の扁平な糸巻き」は痩せたカフカの体を連想させる。もつれ合った「糸くず」が巻きついているところは、首尾一貫した思想や信念を持って生きているのではなく、さまざまな考え方の切れっ端を身にまとって右往左往しながら生きていることを表しているのだろう。オドラデクは糸巻きから延びた二本の棒によってかろうじて立つことができるが、この二本の棒はカフカの腕とペンのように思われる。カフカは「書くこと」によって、ようやくこの世界に立つことができるのだ。

第3段落にあるように、カフカは自身を社会的に有用性のある人間とは思わず、自分を無価値な存在とみなしていた。これは『父への手紙』に延々と述べられていることである。

第4段落でオドラデクは階段や廊下などの家の周縁部を好むとされているが、カフカも浴室で親しい妹のオットラと語り合った(★4)。父と母のいる居間を避けたのだろう。

「何カ月も姿を見せない」とあるが、この作品が書かれる数年前から、カフカは両親の家を出て、妹たちの住まいや自分で借りたアパートを転々としていた(★5)。

父親とのコミュニケーションは少なかった。胴間声の父親とは違って、息子の方なら、「肺がなくても出せるような」笑い声を上げただろう。また、「長い間黙っていることもよくある」と言われているように、家族に腹を立てたときはしばらく口をきかないこともあったようだ。

第5段落。目標を持って生きているという自覚はカフカにはなかった。自分の妹たちが結婚し、子供を家に連れてくるようになっても、カフカは独身のままで、依然として両親の家に暮らしていた。「誰の害にもならないことは明らか」も、カフカに当てはまる。人を傷つけるようなことはほとんど口にしなかった。

家父はカフカの父親?

このように、オドラデクにははっきりとカフカの特徴が現れている。では、家父は? 家父も実際の父親がモデルなのだろうか。

カフカの父親は、食卓などで自分の子供たちを罵倒した。『父への手紙」で述べられているように、皮肉、癇癪、怒鳴り声、罵倒、脅しなどによって、子供たちに自分の価値観を強制し続けた。カフカの父親には自分の生き方以外の生き方は想像すらできなかった。

一方、この作品の家父は、距離をおいて静かにオドラデクを観察している。オドラデクに対してほとんど何の干渉もせず、圧迫を加えることもない。ただ見守っているだけだ。それどころか、オドラデクの将来を考えて一人胸を痛めている。やさしい父親と言えるだろう。家父は、カフカの父親とは明らかに異なる。

ただ、素性のはっきりしないものへの疑念(★6)、社会的有用性や世間的交際の重視など、家父は価値観としてはカフカの父親と概ね共通している。

家父は実の父親ではなく、実の父親を可能な限り穏やかにした、ごく一般的な父親である。

どうして父親の視点から?

カフカはこの作品で、自ら世間一般の父親になってみて、その視点から自分を見ている。どうしてそのようなことをしたのか。

『家父の心配』はカフカ中期の作品である。初期の『判決』や『変身』が息子の立場から父親を見るという視点で書かれていたのに対して、中期の作品では他者の視点から自分を見ようとしていることが多い。たとえば『流刑地にて』では、中立的な「研究旅行者」の立場から、作家的存在としての自分――作品では「士官」――を評価しようとしている。また、『家父の心配』が収められた短編集『田舎医者』には、『十一人の息子』という父親の立場で書かれた短編もある。カフカは他者の視点に立って自分を見直そうとしていたのである。

また、次のような事実もある。『家父の心配』が書かれたのは、1917年4月初めごろと推定されているが、カフカはこの時期、妹オットラが借りていた錬金術師小路の小さな家(Häuschen)に毎晩通って、集中的に執筆していた。カフカはフェリーツェに宛てて、「自分の家を持つというのは特別なことです。世の中に背を向けて、部屋のドアでもなく、アパートのドアでもなく、自分の家の玄関ドアに直接鍵をかけるというのは」と書いている(★7)。これについてビンダーは、「ある意味でカフカは家父(Hausvater)だった」と述べている(★8)。

なぜ第5段落で突然感情的に?

最後に、残された大きな疑問について述べておこう。それは、なぜ第5段落でそれまでの冷静な叙述が突然乱れたのか、という疑問である。

カフカが何かを書くとき、最初からテーマを決めて書いていくことはなかった。思いついたところから書き始めた。書き続けることで自分が書きたかったものが浮かび上がってくると考えていた。

この作品でも同じだったと思われる。カフカの執筆過程を想像してみよう。

カフカは、一般的な父親にとって自分という存在がどのように見えるのかを書こうとする。自分を徹底的に異化する。過度に誇張し、極限まで歪曲する。不分明なアイデンティティ、奇妙な外形、機能の欠如、捉えがたい生態、コミュニケーション不全などを面白おかしく叙述する。それが第1段落から第4段落までの文章だ。カフカは自分をそのようにパロディ化することを楽しんでいたはずである。

しかし、第4段落まで書いた時点で、自分がそのように遊んでいることに、突然痛みを覚える。父親の立場で、自分を面白おかしく叙述しているうちに、父親の心情に思い至ったのだ。

カフカの父親は、家父と同じく自分の世間的価値観を絶対としているが、家父とは異なり、その価値観に従って、息子に激しい圧迫を加えてくる。

しかし、父親の方もただ息子を苦しめるためだけにあれこれ言うのではない。父親は息子のことが本当にわからず、困っているのだ。それに、息子の将来を思い煩っていることは確かなのだ。

カフカは父親になり代わって自分を見ることで、そのことに気づく。それが、第5段落に至って、それまでの冷静な文章が突如乱れ、父親の心情があふれる文章となった理由ではないか。

最後の一文、「私が死んだ後も生きている彼の姿を想像すると、胸が痛くなるような気がする」には、実の父親に対するカフカの申し訳なさが示されているだろう。父親が自分の将来を案じて胸を痛めるとき、息子もまたつらくなるのだ。

おわりに

第1段落から第4段落までなら、作品の題は「オドラデク」がふさわしかったろう。だが、第5段落を書いた後では、「家父の心配」が適切になった。

この作品はカフカにとって、自分の父親を理解する試みでもあったのである。

★1:ここで挙げている解釈は、すべての原論文に当たった上でのものではない。いくつかの論文は直接参照したが、それよりはさまざまな論文にまとめられているものを利用しているほうが多い。

★2:ただ、『変身』と『家父の心配』では語りの視点が逆である。『変身』では虫の側から家族が見られる。それに対してこの作品では父親がオドラデクを見る。視点だけでなく、内容的にも正反対である。『変身』のグレゴールは、人間から虫になり、最後は家族から、「このけだもの」「これ」と呼ばれるようになる。どんどん降格していって、結局は切り捨てられる。一方、『父の心配』のオドラデクは逆の過程をたどる。名前しか言及されない抽象的な存在が、<物>となり、虫のような<生き物>となり、<子供>となる。第3段落まではオドラデクは、「それ」「全体」「構造物」と呼ばれているが、第4段落からは「彼」に昇格する。そして第5段落に至って<息子>となる。父親はこの息子の将来を案じる。

★3:ハインツ・ヒルマンはこの一文について、「疑いのない確信のもとにのべられている」とし、テクストの「他のどこにも見当たらぬもの」であると強調している。ハインツ・ヒルマン「気になる子供オドラデク」、城山良彦・川村二郎編『カフカ論集』国文社、1975、229頁。

★4:1913年9月24日付のオットラへの手紙。Kafka Franz: Briefe an Ottla und die Famlie, Frankfurt a. M.: Fischer, 1974, S. 19. Vgl. Binder, Hartmut: "Franz Kafka. Leben und Persönlichkeit", Stuttgart 1983, S. 306.

★5:1914年8月、カフカは両親の家を出た。戻ったのは、1917年9月である。『家父の心配』が書かれたのは1917年4月初めで、カフカが家を出ているときのことである。

★6:たとえばカフカが、イディッシュ語劇団の団員イツハク・レーヴィを家に連れてきたとき、父親は彼を「害虫(Ungeziefer)」呼ばわりした。Kafka, Franz: "Nachgelassene Schriften und Fragmente II", hrsg. v. Jost Schillemeit, Frankfurt a. M. 1992, S. 154.

★7:Kafka, Franz: "Briefe 1914-1917", hrsg. v. Hans-Gerd Koch, Frankfurt a. M. 2005, S. 289.

★8:Binder, Hartmut: "Kafka-Kommentar zu sämtlichen Erzählungen", München 1977, S. 231.

参考文献

エムリッヒ、ヴィルヘルム『カフカ論Ⅰ 蜂起する事物』志波一富・中村詔二訳、冬樹社、1977[1971]、149-167頁。

エムリヒ「『家長の心配』について」(ヴィルヘルム・エムリヒ『カフカの形象世界』審美社、1973、87-99頁)。

パスリー、マルコム「カフカにおける三つの文学的神秘化」(クラウス・ヴァーゲンバッハほか『カフカ=シンポジウム』金森誠也訳、吉夏社、2005、30-41頁)。

パスリ、マルコム「『家長の心配』について」(ヴィルヘルム・エムリヒ『カフカの形象世界』審美社、1973、100-109頁)。

ヒルマン、ハインツ「気になる子供オドラデク」(城山良彦・川村二郎編『カフカ論集』国文社、1975、224-242頁)。

Alt, Peter-André: Franz Kafka. Der ewige Sohn. Eine Biographie, München 2005, S. 511-513.

Beicken, Peter U.: Franz Kafka. Eine kritische Einführung in die Forschung, Frankfurt a. M. 1974, S. 145-161.

Binder, Hartmut: Kafka-Kommentar zu sämtlichen Erzählungen, München 1977, S. 230-233.

Krings, Marcel: Franz Kafka. Der 'Landarzt'-Zyklus. Freiheit-Schrift-Judentum, Heidelberg 2017, S. 207-221.

Neumann, Gerhard: 'Die Sorge des Hausvaters'. In: Binder, Hartmut (Hg.): Kafka-Handbuch in zwei Bänden, Bd. 2, Stuttgart 1979, S. 342-344.

Saße, Günter: "Die Sorge des Hausvaters". In: Michael Müller (Hg.): Interpretationen. Franz Kafka. Romane und Erzählungen, Stuttgart 2009 [1994], S. 313-323.

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