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K-POP風宣伝ビデオを分析する

 北朝鮮が公表した、指導者を賞賛するミュージックビデオが世界的に大ヒットし、話題となっている。「親しみやすいお父様(オボイ)」というタイトルで、「歌おう金正恩(キム・ジョンウン)」「自慢しよう金正恩」などと金総書記を呼び捨てにするなど異例の歌詞だ。

同国の医療関係者や、国営放送のアナウンサー、軍人などが登場し、親指を前に突き出して軽やかに踊る。曲調もアップテンポの明るいものだ。ビデオ全編をよく見ると、北朝鮮なりの事情も見えてくる。

音楽には「種子」が必要

 北朝鮮当局は。すべての芸術作品には思想的「種子」が含まれなければならず、これを通じて自分たちのメッセージを大規模に伝播しなくてはならない「種子論」を唱えている。

いかにも社会主義国らしい。中でも音楽は特に重視している。人びとの心に残りやすいメロデイを使って、政府の政策やイデオロギーをダイレクトに広める。


 逆に外国の音楽や非公式の音楽は禁止されており、違反者は厳しく罰せられる。例えば北朝鮮では、感性が似ているせいだろう、韓国のKPOPが人気だ。しかし、北朝鮮は韓国からの影響を恐れており、韓国の音楽やドラマなどのコンテンツに対する厳しい取り締まりを行っている。


 2020年には「反動思想文化排撃法」が制定され、韓国の映画や動画、図書、歌などを見たり保管したりした者には5年以上15年以下の懲役刑が科され、流入・流布させた者には無期懲役または死刑が科される。

普通の宣伝にそっぽを向く若者

 北朝鮮はこれまで、正恩氏について「射撃や戦車運転の天才」などと賞賛してきたが、こういった神格化は若者にアピールしなくなったという。
 それゆえ、あえて彼らが関心を持っているKPOP式のプロパガンダ動画を作ったのだろう。
 今回の宣伝ビデオも、全体的にKPOPとそっくりだ。北朝鮮分析家の高麗大学のピーター・ムーディ氏は、英国BBCの取材に対して、「この曲はスウェーデンのポップグループ、ABBAの曲調に似ている。軽快で耳なじみの良いオーケストラサウンドが際立っている」と分析している。

 北朝鮮の宣伝方式は、最近大変化している。 
 記憶に残っているのは2022年、火星-17型発射に関する北朝鮮メディアのニュースだ。革ジャンを着た正恩氏が腕時計を見る姿を、映画の中の主人公のようにクローズアップで演出していた。これ以外にも、ユーチューブを利用した間接的な体制宣伝も増えている。


 このビデオでは、正恩氏を「父」「偉大な指導者」と呼んでいる。この呼称は、北朝鮮の初代指導者であり、正恩氏の祖父である金日成(キム・イルソン)氏に使われてきたものだ。
 最大級の尊称を使うことで、若者の心に中に、正恩氏こそ最高指導者であることをすり込もうとしているのだろう。最近、公開の場所に、祖父、父と並んで正恩氏の写真が掲げられているのも、同じ流れだ。

中国のSNSで世界に拡散

 今回の動画はあくまでこれは国内向けなので、出てくるのは朝鮮語だけだ。しかし、中国の動画投稿アプリ、「TikTok」を通じて、あっという間に世界に広がった。
 中には、この歌の音楽に合わせて踊る姿を投稿する若者もいる。TikTokの投稿を見ると「グラミー賞を受けなければならない」、「耳にしっかりと刺さるディストピア的な歌」など、さまざまな賞賛のコメントがあふれている。

  旧態依然と思われる閉鎖国家が、突然、現代的な内容のビデオを発表したという新奇さや、怖いもの見たさが人気に拍車をかけたのかもしれない。


 アジアの独裁者を賞賛する内容であることに警戒を呼びかける投稿もあるが、多くの若者はそんなことはお構いなし。好きな曲だからという理由で受け止められている。
 中国は北朝鮮と伝統的な友好関係にある。その中国製TikTokの影響は、いまや世界的だ。このアプリを経由すれば、北朝鮮ようのような独裁国家であっても、体制宣伝ができてしまう。
 TikTokには「northkoreanlife」というアカウントもあり、平壌の町中の様子を見ることができる。

 
 米国はTikTokのユーザーデータが中国政府に漏れる危険性があるとして、禁止する新法を作ったが、米国の若者は反発している。韓国も、このビデオの視聴を禁止したが、完全に防ぐことは難しそうだ。

国際制裁の無力ぶりも

 もう1つ、今回のビデオが明るみに出したことがある。ビデオでボーカルを務めている「キム・リュギョン」は、正恩氏のお気に入りの女性歌手だ。

 ビデオの映像を見ていると、この女性歌手を含め、出演者が「コルグ」「ローランド」「ソニー」のシンセサイザーやヘッドホンを使っている場面が出てくる。シンセサイザーは、少なくとも数10万円、ヘッドホンも数万円する高級品だ。

 国連安全保障理事会は2006年、北朝鮮の核実験に対応して対北朝鮮制裁を決議し、北朝鮮への贅沢品の輸出を禁止した。これらの音楽用品も規制に引っかかるはずだが、事実上「ザル」状態であることが分かる。

 音楽製品だけではない。北朝鮮の報道には日本やドイツの高級車もたびたび登場する。第三国を経由しているといいうものの、制裁の裏で北朝鮮への密輸で稼いでいる人たちの存在が垣間見えるようだ。


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