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ファイヤープロレスリングワールド GWF奮闘記 1-5 ボス、怒る(後)

肉に下味をつける。
ただ、タレに落とし込むだけでなく、静かにタレと肉が混ざっていくのを確認する。そうやって、マッスルは明日のから揚げ定食の下ごしらえを続けていた。
始め、レスラー本業があるのに、久松が食堂を開き、そこでレスラーたちも働かせると聞いた時は正気かと思った。
プロレスラーの仕事はやはり、リングにあがり、お客さんに見せてなんぼだとマッスルは思っている。それは今でも、変わらない。

だが、レスラーのセカンドキャリア、そして、GWFのレスラーを少し身近に知ってもらうというのは面白いと思った。
だから、マッスルは接客でなく、厨房担当ならという条件で手を挙げた。さすがにマスクマンが素顔で接客するわけにもいかないし、
外国人が多いレイヴンズの負担を減らすためでもあった。

そうすると、面白い事が起こった。
顔を見せない、謎の料理人として口コミが広がり、食べにくる人が増えた。もちろん、マッスルの料理の腕もあった。
昔から、弟分のタフネスの弁当だけでなく、レイヴンズの面倒を見ていたら、腕が上がっていったのもある。

マッスルにとっても、美味いものを作るにはいい事になった。料理をする事によって自分を見つめなおすところや、
座禅のような、無になって作る事が出来た。


「兄貴ぃ……」
弟分のタフネスの弱弱しい声が聞こえる。この弱弱しさがなければこいつも少しは強くなると思うのだがというのは兄貴分のひいき目だろうか。
タフネスは小さく客席を指さす。マッスルは、ため息をつくと、手を洗い、マスクをかぶった。


「お客様、申し訳ありませんが、閉店の時間です」
そういうが、客はちらとマッスルを見ると会話を続けていた。
「お客様……」
話を聞かない。
「早く帰れってっていうんだよ!このお客様ァ!!」
そのお客様たちは小暮、梶原、火神の正規軍の主なメンバーだった。


「ほら、やっぱり怒ったぞな、トシ。そろそろ帰ろうと言ったのに」
「まぁ、そう言いなさんな、小暮。この三津浜焼きが美味くてな」
「アタシ、ビールもう一杯飲みたい」
「とことんマイペース貫いてんじゃねえぞ、このくそ正規軍」

マッスルも椅子に座ると厨房へ
「タフネス、暖簾下げとけ」
と言い、息を吐いた。

「しかし、美味いなこの三津浜焼き。海の近くで出しているのと変わりないくらいだ」
「ちゃんとあっちの店の連盟に頭下げて教えてもらったんだよ。麺にも味付けしっかりとしている分、美味いぜ。桜神や城戸にも食べさせたくらいだからな。美味いといってくれたよ。特に城戸は大阪出身だから、お好み焼きの味にうるさいかなと思って、ちと緊張したがな」
「そういえば、もつ鍋食べたいと桜神選手言ってたけど、あれはどうなったぞな」
「さすがにウチの食堂じゃ無理だから、条さんが大街道の店に連れて行った。あそこなら、味噌、醤油、ピリ辛、水炊きと出してくれるし、福岡の焼酎や、こっちの焼酎もあるしな」
さて、と言うとマッスルは目つきを変える。

「どうせ、食べにきただけじゃねえだろ。特に梶原、おめえがいるという事は何しにきた」
「ひどいな、マッスル。まぁいい、話にきたのは本当だからな」
「何をだ」
梶原は口ひげを軽く触ると、
「まず、社長からジュニアヘビーのトーナメントを行いたいという話がある。ヘビー級のトーナメントは多くあれども、ジュニアのは少ないしな。
まぁ、ウチはスキマ産業を狙っていくというわけだ」
「成程な、太田たちを出す気か」
「いや、天兵は出さない。そろそろヘビー級に上がってもらう。出すのはIKKI、八坂、陣内の三選手」
「ウチはディバーノとパクか。二人ともそれぞれの修業に出してたのを戻すか」
「もう一人いるだろう」
「……耳がはぇえな。いつ知った」
「社長が日本人レスラーをスカウトしたというのを聞いてな。ちゃんと昨今流行りの奴は検査済とまでは聞いている」
「おしゃべりじじいめ……」
マッスルが舌打ちをすると、後、もう一つ。と梶原。
「ここの小暮と火神。戦い方を変えるかもしれん」
「いいのか、そんな事言って。俺たちに益することになるんだぜ」
「構わんさ、どうせバレるのだし。そろそろ、パワーだけに頼るのがきつくなったからな」
「頭領はまぁ、続けるかもしれないけどアタシがね。この前のウイッチ戦でちょっと思うとこあったからね」
「成程な」
「という訳だ。後、ジュニア選手に関しては八月くらいにはもう一度発表があるだろう。招待選手も呼ぶかもしれん」
「いいぜ。レイヴンズがいただくがな」
「そうはいかんさ。その宣戦布告に来たのだからな」
微笑を梶原が浮かべる。頭領の小暮と違い、この男は底が知れないところがあってマッスルはあまり好きではない。
「じゃ、ごちそうさまでした。マッスル、またリングでな」
「ウイッチにも言っとくれ。今度はアタシが勝つと」
三人が勘定を払って去っていくと、マッスルはまた、ため息をついた。


「言いたい放題言いやがって……俺たちもどうにかしねぇとな」
頭の中がもやもやする。小暮よりかは頭を使っているが、梶原ほどは使ってないだろうと思う。
せめて、もう一人ウチにも参謀役がいればと思うが、それはないものねだりだろうか。
今は、何もかも忘れたい。マッスルはマスクを外し、厨房へとまた戻っていった。こういう時は何かを作るに限っていた。

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