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ファイヤープロレスリングワールド GWF奮闘記3-3:年の終わりのハチャメチャ

「さて、ようやく来年を迎えられる……かのう」
「大掃除お疲れさまでした。社長」
と、社長の久松にお茶を注ぐのは秘書の高杉ではなく、梶原敏一である。高杉は、年初めの早めに仕事に出るため、先に休みを取っていた。
「うむ。今年は色々あったわい。ようやく収録にこぎつけられる。と思ったら、先の流行り病で外国人選手は入国できなかったしの」
「まぁ、それでも少額ながらスポンサーの方々は皆揃って来期の契約を結んでくれたじゃないですか。それを考えるとまだ、マシかと」
「そうじゃの。他団体の出場が多かったとはいえ、皆よく頑張ってくれたわい。そういえば、梶原。大晦日は」
「えぇ、久々に新がばいにお呼ばれしまして、タッグトーナメント参加してきます。そろそろ出かけないと」
「そうじゃの。勝ってこい。それしか言えんが……」
「ありがとうございます。それでは」
と、言った処で大声が聞こえた。
「だから、掃除しろっての!」
「はーなーせー!!」
久松と梶原は顔を見合わせてお互いため息をついた。
「陣内と八坂じゃのう」
「と、いう事は天兵も一緒でしょう。見てきます」
梶原は一礼すると、社長室を出た。

「頼む!後生だ、瞬ちゃん!天ちゃん!掃除は後でするから今だけは!!今だけは!!」
「アホか!大掃除は一緒にするのが当然だろうが!レイヴンズの奴ら見習え!寒いのに皆外の掃除行ってるんだぞ!」
「カズ、諦めろ」
「諦められるかぁ!」

「お前ら何をしている!」
梶原の厳しい一言が響くと、三人は固まると起立した。
「20歳になって少しはマシになると思ったが、まだまだだな」
「いや、その」
「八坂、言い訳は聞かん。掃除は皆でする。それはベビーもヒールも無い。この団体全員でしているものだ。社長でさえ、自分の部屋は掃除されているのに一体どうした?」
「こいつですね……」
「わー!!」
「だから、八坂は黙ってろ!一体何があった、陣内」
「シュンは黙らせてて、俺が言う」
「承知!」
「やーめーてー!」
「お、おぉ……一体何があった天兵?」
天兵は大きくため息をつくと、静かに


「カズは『ユイちゃん』の復帰年末ライブが見たいだけ」

言った。八坂は天を仰ぎ顔を隠す。陣内は頭を軽く押さえていた。

「……?な、なんだ?というか、その誰だ『ユイちゃん』って?」
「あー、一から説明するとこれです」
陣内がスマホを出して、画面を見せる。梶原から見るとかわいいアニメ画の女の子が歌ってる動画を見た。
「えーと…何だ、これ?」
「バーチャルユーチューバーの『ユイちゃん』。主に、トークと歌とゲームの実況……といっても分からないか。トシにはとりあえず、ユーチューバーの一種といえば分かる?」
「あ、あぁ。それなら俺にも分かるぞ、天兵」
「で、ですね。この『ユイちゃん』。夏頃から体を壊してたらしくて、たまに短いトークはしてたんですけど、ようやく復帰のメドが立ちまして。そりゃあ、立ち上げ当時からファンだった八坂は大喜び。それで、今日生配信のライブする予定だったのですが」
「大掃除がある事……忘れてました」
一瞬の沈黙が流れる。
「あー。分かりやすくいうと八坂はこのアイドルみたいなののライブが見たいと」
「そうなんです。それで、急に駄々こねはじめまして」
「……まぁ、何だ。好きなものがあるのはいい事だがな。八坂」
「は、はい」
笑顔で肩を掴まれて、八坂は急に気が緩まる。が、痛みが響いてきた。
「一社会人として…なめた事してんじゃないッ!!」
「すいませーーーーーん!!!」
梶原の握力で肩が割れるかと思った。八坂一真は後に語るのであった。


「あんのぉ、よろすぃでしょうか?」
「レイヴンズの三条か。どうした」
「はぁ、ウチのボスが面倒な事になったので、梶原サン呼んで来いと」
「マッスルが?珍しいな。しかし、俺たちは派閥が違う。そちらの面倒はそちらで片づけるのが当然だが……」
「いんやぁ、言付けを預かっておりまして『ガチの黒木を呼んで来い』ども言われておりまして」
「まて、『ガチの黒木』と言ったんだな?」
「はぁ、そうですけど」
「……何があった」
「島津センセイと立花センセイが」
「早くいえぇぇぇぇ!!」
梶原は疾風のように道場へと黒木を呼ぶために向かった。


「やろうじゃねぇか、立花ぁ。今年最後の大喧嘩だ」
「あなたもこりませんね、島津。また、締め落とされたいですか」
「二年前の事ほじくりだすなよ。去年は俺の拳で吐くだけ、吐いたくせに」
「言いますね」
「あ、あの。先生方!?掃除中に急にガチになるのはちょっとどうかと!?」
「止めるなよ、マッスルの兄ちゃん。立花が悪い」
「そうですよ、マッスルさん。悪いのは、掃除の邪魔した私です。でも、ここで決着をつけておくのは悪くないですよねぇ。うふふふふふ」
島津と立花。二人の間にあるのは、試合というより殺気。マッスルも何とか声をかけられるのがやっとであった。
「タ、タフネス!?ディバーノはどうした!」
「さ、さっき兄貴が『年越しぐらいは家族水入らずで』って家に帰したでねぇか!」
「やべぇ……間に入れるのは……」
「後は、ヒョウさんぐらいじゃねぇか?三条が呼んで来てくれるまで俺たちでなんとかするしかねぇ」
「マジか」
マッスルとタフネス、兄弟はにじりよって二人の間に入ろうとするが
「あぁ、入ったら容赦ないのでよろしく」
「ですねぇ。久々の二人の喧嘩に水を差すのはよくないですよ。ご兄弟」
と、言われ立ち止まってしまった。

「くくくくく」
「うふふふふふ」
怖い、心底怖い。マスク兄弟はできればすぐ逃げたかったが、レスラーとしての矜持が許さなかった。
「はははははははは!」
「うふふふふふふふ!」
二人の高笑いがまさに響こうとした時。

―耳を掴まれた。

「はーい、お二人とも騒がしいよ。おじさん、道場でせっかくサボってたのに。何してるのかなぁ」
「こ、これは……黒木のダンナ」
「ヒョウさん……!いや、これはですね」
「二人ともいったよね。喧嘩したきゃ、道場の中でやる事。オジサンかディバがいる時にしかやらないって」
「は、はい」
「そ、それはですねぇ。島津とこう、掃除のエリアで揉め」
「言い訳は聞かねえってんだろ。この馬鹿野郎ども」
冷たい声が響くと、耳を引っ張る力を入れる。
「だ、ダンナ!痛い痛い!ちぎれるッ!!」
「ヒョウさん、勘弁!勘弁をッ!!」
「ったく」
と言うと、黒木は耳を手放した。
「いいか、今度やったらオジサンも手加減なしでいくからな。後、マッスル。タフネスはともかくとしても、お前もボスとして、二人の間に入れるくらいは気張れ」
それじゃ、というと黒木は鼻歌まじりで奥へ引っ込んでいった。
「すげぇ……兄貴ぃ。ヒョウさんって何者なんだべ」
「さぁな。今はコミカルなムーブメインだけど、昔はかなり強い人だとは聞いた事がある」
「ばっか、あの人怒らせたらシャレにならんぞ。なぁ、立花」
「悔しいですけど、そこは島津と同意見ですね。今は色んなとこ悪くされてますが、昔はノールールだったら、シャレにならない人ですよ。あの方は」
「マジか」
「本当だよ」
梶原がため息をつきながら玄関に立っていた。
「とりあえず、あの人は本気で怒らせない方がいいって人だ。その類だと思ってた方がいい」
「梶原か。おめぇんとこの頭領はどうした」
「小暮なら、南予のスポンサーの人たちにあいさつ回りさ。あいつはこういう細かいのより、人付き合いの方が合うらしいしな」
「成程な。奴らしいや」
小さくマスクの中で笑うとマッスルは空を見上げた。
「来年、変わるといいな」
「変わるさ。俺たちも変わらざるを得んかもしれん」
「そうだな」
「さて、俺は大晦日の試合に行ってくる。」
「太田もつけずにか。珍しいな」
「たまには、一人で昔を思い起こしたい。そういう時もあるのさ」
そういうと、梶原はタクシーに乗り込み、山を下って行った。
マッスルはそれを見て一人、手を握りしめているのが分かった。
―戦いたい。
―来年は―と。
そんな色んな思いが浮かびながら、マッスルは掃除を終え、道場へ向かった。
この熱をどうにか、来年に持ち越したい。そんな気がしていた。

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