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ロング・ロング・ドッグ・ダックスフンド【短編小説】

 ダックスフンド。あるいは、ダックスフント。
 ドイツ原産の犬種。巣穴に潜ってアナグマを狩るために手足が短くなった犬。胴の長さも特徴的な犬。

 彼らは気付いてしまった。

「ココアちゃ~ん! 身体長いね~!」

 この長い胴は人間に気に入られていることに。たくさん撫でてもらえる。胴が長い分、撫でてもらえる面積も増える。

「クッキーちゃん、撫でられて嬉しいのかな? めっちゃ尻尾振ってるね~ちぎれちゃいそうだね~」

 ダックスフンド達は撫でてもらうことが好きだった。そして人間達も、ダックスフンドの長い胴を撫でるのを好んだ。

 その結果、ある時から、ダックスフンドの胴が伸び始めた。まるで粘土やパン生地を伸ばすかのように、撫でられ続けたダックスフンドの胴は伸び始めたのである。

 人間が無茶苦茶に撫で回した、というのも要因の一つだが、ダックスフンド達が「より胴を長くしたら、よりかわいがってもらえるし、撫でてもらえる面積も増える」と気付いたのが、胴が伸びた要因の8割だった。

 当初は1メートルもなかった胴の長さだが、あっという間に1メートルを超えてしまった。そこに留まらず、ダックスフンド達は長い年月をかけ、子々孫々にその意思を継いでいき、胴を伸ばしていく。

 長くなったダックスフンドは、更に人間に愛されるようになった。
 足は短いままだった。

 ダックスフンドは、もはや犬とは呼べないものとなったが、大したことはなかった。長い年月をかけて姿を変えていった犬はほかにもいる。スケーターハスキー、おちょこプードル、パーフェクトモップマルチーズ、防弾毛皮ドーベルマン……ダックスフンドが伸びたところで、ただ伸びただけ。人間達は犬達の変容を歓迎した。長く伸びたダックスフンドについても人間達は歓迎し、人間に喜ばれたダックスフンド達も喜んだ。

 蛇のように長いダックスフンドが現れるようになった。非常に愛され、一時は世界中で大ブームを巻き起こしたが、事故が起こるようになった――胴が長い故に、何かと邪魔になってしまう、何かとものにぶつかってしまうことが多発したのだ。

 特に交通事故が多かった。蛇のように長い胴では、横断歩道を渡るのに時間がかかってしまうのである。加えて短足、歩幅は短く、渡りきるのに更に時間がかかる。

 道路を渡っている最中に、車が来てしまうのだった。飼い主は気付けない。長い胴体の先、頭の方で並んで歩いている。車を運転する者もなかなか気付けない。ダックスフンドの体高は低く、気付きにくいのだ。交通事故により、何体のダックスフンドが亡くなったことか。

 またダックスフンド同士で遊ぶと、身体が絡まってしまうこともあった。そうなると、ダックスフンド達は身体をほどこうと必死に暴れ回り、結果、怪我をしてしまったり、そのまま転がって周りにぶつかり荒らしてしまったりすることもあった。

 そして身体が伸びたダックスフンドは、その分、背骨の病気や腰の病気、関節の病気になりやすくなった。ヘルニアになり苦しんだダックスフンドと、その治療費に貯金を削った飼い主はどれくらいいたのだろうか。

「うわ、ダックスかよ……いつ渡りきってくれんだよ、こちとら急いでるから車出したっていうのに……」
「あのカフェ、今日はお休みですって。なんでも、お店の正面でダックス二頭が絡まって暴れてしまってね。ガラスを割られちゃったらしいのよ」
「ダックスが飼いたい? だめよ! 長すぎて邪魔だし、病気になりやすくてお世話が大変なんだから!」

 かわいがられていたはずのダックスフンドは、いつの間にか邪魔者、厄介者になっていた。
 かわいがられるために、愛されるために。またかわいがられていたために、愛されていたために胴を長くしていったダックスフンドだったが、裏目に出てしまった。

 それでもダックスフンド達は、かわいがられること、愛されることを諦めなかった。

 邪魔者扱いされてしまうようになってしまった彼らは考えた。そうならないためには、どうしたらいいのか――簡単だ、役に立てばいい。いらない存在だと思われなければいいのだ。

 長い年月をかけて、そして子々孫々にその意思を次いで、ダックスフンドは人の役に立つ犬になった。身体を丈夫にしたのである。

 丈夫で長い身体は、人間のために役立った。主に生きているロープとして使われた。人命救助の場では、崩壊した地下に頭を下ろして人間を探し、自身をロープにして救出する。凶悪な犯罪者に対しても、まさに蛇のように巻き付いて取り押さえる。土砂災害や濁流の時も、ダックスフンド達は長くて丈夫な身体を文字通り張って、災害の被害拡大を防いだ。

 その功績から、再びダックスフンドは人々に受け入れられるようになった。

「ダックスフンドだ! かっこいい!」
「なんてたくましいんだろう!」

 ただ、どうしてか、ダックスフンド達は虚しさを感じていた。
 何故だろうと考えて彼らは気付く。

 撫でてもらえないのだ。

 見た目も存在も逞しいヒーローになってしまった彼らを、誰も撫でようとしなかったのだ。

 そしてダックスフンド達の血は、魂は、思い出した。

 ――そうだ、自分達は昔、かわいがられ、愛され、そしてたくさん撫でてもらうために身体を伸ばしたのだ、と。

 その日から、ダックスフンド達は身体を短くし始めた。長い年月をかけ、子々孫々にその意思を継いで身体を短くしていく。

 果てに、ダックスフンド達は、元の胴の長さに戻ったのだった。

 かつて彼らは人命救助をはじめとした、人を助ける犬として存在していた。彼らがその役をおりても、問題はなかった。人命救助や犯罪撲滅は、他の犬がやってくれる。サイコキネシスレトリーバーがいるし、マックスマッスルシェパードもいる。

 ダックスフンドは家庭の犬に戻った。

 たまに撫でられすぎると嬉しくて胴が伸びてしまうこともあったが、それでもダックスフンドは家庭の犬として、人間にかわいがられていった。

【終】

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