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朝、どう食べる

もう10年ほど前になるだろうか。一時期、家族全員で朝ご飯を食べることに強く憧れていた。理由は覚えていないが、おそらく友人宅は家族揃って朝ご飯食べていると聞いたのだろう。定かではないけれど。それなのになぜか、朝ご飯に家族揃ったことはないと話した時の友人の驚きの顔は覚えている。

私の家は4人家族だったが、各々忙しい朝だった。
父親は職業柄家にいないことも多く、いたとしても朝早くに出ていくことがほとんど毎日。週3回か4回、夜に会えれば良い方だった。
母親は働いてはいなかったが毎朝5時に起き、弁当を作り、家事をしていた。私が起きる7時台にはすでに食事を終え洗濯などの次の動作に移っていた。
2歳違いの兄弟とはかなりの確率で一緒に食べていたが、兄弟が中学校に上がった時点で朝を共にすることはなくなった。
休日も昼近くまで寝ていたり、部活などの用事がある、もとより家にいないなど揃うタイミングが昼以降になることしか無かった。

このような朝を過ごす一家が、一同に会する朝は果たしてあったのかと思うだろう。実際のところあった。
これがまた限定的で、三が日の朝。
たったの3日間だったが、家族で朝の食卓を囲む瞬間があった。それにこの3日間は余程のことがない限り、昼ご飯、夜ご飯も共にしていた。友人に話した、『朝ご飯に家族が揃ったことがない』というのは間違っていた。

しかし、当時の私はこれを"一緒に食べた朝ごはん"に含まなかった。
一体どうしてだろうか。
当時の思いを再現することは難しいが、普通の朝ごはんを囲みたかったのではないだろうか。
決してお正月のおせち料理が嫌いだった訳ではない。むしろ三が日は心踊っていた。けれど前述の通り日常の中の朝ご飯が欲しかったのだろう。
母親に起こされリビングへ行くと、父親、兄弟が座りそのテーブルの上には料理が並ぶ。黄身がツヤツヤと光る目玉焼きにきつね色に焼けたトースト、野菜のみずみずしさが眩しいサラダにソーセージ、時たまふんわりと湯気をあげるスープが登場と言った具合だろうか。和食でもいいかもしれない。声は揃わずともいただきますの掛け声で食べ始め、他愛のない会話を繰り広げる。
そして各々食べ終わるとごちそうさまの声とともに食器を下げ、学校職場それぞれの活動場所への準備をする。
そんな朝を思い描いていたゆえのことだったと思う。

そんな思いを抱えていた幼少期であったが、面白いことに、家族で囲む朝ごはんに憧れはあったものの一人で食べることに寂しさや悲しさを覚えたことはなかった。
これは性質なのか慣れなのかは分からないが、家族が揃わないことに特に疑問を抱くことがなかったのが大きいだろう。
このお陰かはわからないが、一人でカフェに入ることも焼肉屋に行くこともなんの躊躇いもない。

となると、この家族で囲む朝ご飯への憧れの根底にあったのは一体なんだったのか。
私が思うに、家族からの愛を感じたかった訳でも寂しかった訳でもない。
ただ単に興味があっただけなのかもしれない。普段揃わない日常の朝、家族全員揃うというのはどんな雰囲気でどんな光景なのかただ体験してみたかっただけのように思える。もはやイベントだ。
ただ一つ言えるのは、家族が揃って食べるのが好ましい家庭とそうでない家庭が必ずあるということをあの憧れから10年ほど経った今強く言いたい。
私が中学生になった辺りから両親と反りが合わなくなってきた。簡単にいうと、私のやりたいことと両親が求めるものが正反対のものであったからというよくある衝突だ。余談ではあるがこの衝突が大きく今後の人生にも響くものとなってしまった。
朝、顔を合わせただけで喧嘩一歩手前まで行くような状況で朝ご飯を共にしていたらどうなっていたことか。考えるだけでも精神衛生上、非常によろしくない。

一般的に朝というのは一日の中で最も慌ただしく、あっという間にすぎていくものであり、多くのハプニングが起こる時間帯でもある。寝坊した、今日学校で○○が必要と突然言い出す子ども、制服のシャツがない、全部持っていると自信満々に出かけたが、結局忘れ物をしている家族、また自分自身も忘れ物をしてしまうなど言い出せばキリがない。ご飯どころではなく、食べないという選択をとることもしばしばあるだろう。
しかし、この朝を優雅に穏やかに過ごすことが出来れば、一日が何とかなるのではと感じることも少なくない。私たちは時間を食べ、時間に囚われ、時間に抵抗しながら、時間に沿って生きている。たった一回その日の朝をどう食べるか。家で過ごす時間が増えている今こそ考え直したいものである。

画像はこちらのサイトよりお借りいたしました。
https://www.photo-ac.com/main/detail/1682958?title=%E6%9C%9D%E3%81%94%E3%81%AF%E3%82%93

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