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言葉の宝箱 1013【コロナは、肺を壊すだけではなくて、心も壊すのでしょう】

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『臨床の砦』夏川草介(小学館2021/4/28)


舞台は感染症指定医療機関という設定の架空の病院。新型コロナを診療する18年目の消化器内科医・敷島の目線で、今年1月3日から2月1日までを追う。感染症病床はすぐ埋まり、高齢者施設のクラスター(感染者集団)や院内感染が相次いで発生。主人公を追いつめる。現実の世界でも、長野県内はこの時期、感染者数が急増し「第3波」が到来。県独自の「医療非常事態宣言」が出た。
小説は「現実そのままではないが噓は書いていない」と夏川氏。ベッドがなく自宅待機となったり、涙を浮かべて入院を懇願したりする患者達、家族の面会も叶わず袋に詰められて運び出される遺体、周辺の医療機関や行政の遅れた対応…。〈医療は(中略)すでに崩壊しているのではないか〉。
作中、そんな問いが何度も出てくる。「これは本当に医療なのか、許されてよいのかと。医者として価値観がおかしくなってしまうのではと自分も悩んだ。書くことは、整理し、確認する作業だった」
物語の終盤、敷島は病院に地域を守る〈砦〉の意義を見い出す。と同時に〈第4波には通用しない〉と医療体制の改善も願う。夏川氏は「第3波では限られた医療機関にものすごい負荷がかかり、医療崩壊はあちこちで起こっていたと思う」と振り返り、医療機関や行政に対し「受け皿の病院を増やすなど、変化に対応する感覚を持ってもらえたら」と期待する。
作品を通じ「今も耐えながら頑張っている人たちがいることが伝わってほしい」と語った。


・決断することに対して自信がないから、
じっくりと物事を眺める習性がついているだけだ(略)
あれこれ言わずに、
目の前のできることを積み上げていく生き方になっているだけだ P26

・お金の話も大事でしょうが、死んだらどうにもならないんですよ P32

・戦うにしても逃げ出すにしても勇気というものが必要だ P34

・人は恐怖を感じれば、
悲鳴を上げるか沈黙するかどちらかのはずであるのに、
そのいずれの景色も見えない P37

・努力することに異存はない。
けれどもできないことをやれと言われれば、穏やかではいられない P44

・『想定外』という言葉のもとで、多くの人がなくなっていったはずだ。
科学や医学の進歩がもてはやされている時代だというのに
『想定外』が一向に減らないというのはどういうことなのだろうか P77

・問い詰めたところでどうにもならない事態 P83

・皆さんの意見は当然です。
私も自分が正しいと確信しているわけではありません。
おそらく正解はないのでしょう(略)
しかし、正解が出るまで待っている余裕もないのです P86

・この問題に正解はないのでしょう。
ただ正解がないから逃げ出すというのは違うような気がしています P91

・愉快だから笑うのでない。笑うために笑うのである。
いわばそれ自体が、互いの間に沈滞したいびつな空気を立て直すための、
ぎりぎりのセレモニーなのである P94

・人間にはできることと、できないことがある(略)
焦ってはいけない(略)
皆に余裕がなくなっている P96

・特定の立場から無闇と大きな声を上げることには、
危険が伴うのではないか P104

・コロナは、肺を壊すだけではなくて、心も壊すのでしょう P116

・怒りに怒りで応じないこと。不安に不安で応えないこと。
難しいかもしれませんが、できないことではありません P117

・我々には「確実」も「絶対」もありません。
ただできることは、「確実」を目指して力を尽くすことだけです。
少なくても、見えないウイルスの影におびえ、
萎縮し、逃げ回ることではないのです P129

・いつもと変わらぬ日常に意味がある P131

・力を尽くすしかないんだよ。きっとこのまま乗り切れる。
諦めたら、それで試合終了だ P168

*エンジェルケアというのはいわゆる死化粧とでもいうべきもので、
亡くなった患者に化粧を施して顔色を整える処置のことだ P189

・他者を攻撃するような軽薄な発言をしてこなかった。
負の感情のクラスターからしっかりと距離を取り、
静かに黙々と現場を支え続けてきた P191

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