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焼きを入れると硬くなる。 硬くなるとしなやかさをうしなう。 しなやかさを失うとポキッと折れる…。 これは鉄などの素材の話ですが、人の心も同じ。 しなやかさは大切なもの。 ◆緩さ ガチガチで余裕のない硬い状態では心が折れる。 緩く逃げ道を持たないと視野も狭まりどんどん辛くなる。 ハラスメントを起こしてしまうとき。 焼きがまわり、しなやかさを失ったような印象。そしてその過ちに気づき心が折れる。 強い風にビクともしない強さより、風にひらひら揺れながらも、
年末を控えて、家の中を整理していると、必ず、アルバムにたどりつきます。 毎年恒例(?)で、整理作業の手が止まり、アルバムをペラペラめくります。 懐かしい景色が目の前にわーっと広がり、そこにかつてのやんちゃな子供たちの姿、みんなで行った旅行、入学式に卒業式…そんなシーンが時を超え蘇ります。 どれもこれも大切な記録であり大切な記憶。 悲しい訳じゃないのになぜか泣けてくる。 そう思っていたら、また生まれ変わっても、この家族と一緒に過ごしたいなぁと感じるのです。
ここのところ、コロナ禍が収まったような巷の賑わい。 それに呼応するよう、自分の仕事場もコロナ前のペースでリスタート…。 なんだかコロナ前に戻りたがっている職場の雰囲気を感じる。 それはそれで割としんどいぞ。 コロナ前の元の世界。 また競い合うの?比較し合うの? いやぁ、なんだかそれが幸せでないことに気づけた自粛期間と…。 そう学んだつもりだったが。 自分だけだったのかなぁ。 こんな気持ちで元のように働ける? 競い合い、他者比較、ランキング付
最近「LYKKE(リュッケ)」(三笠書房)という書籍を読んでいます。 デンマークの方が執筆された人生を豊かにする6つの宝物という内容の書籍です。 後半に6つの宝物のひとつ「信頼」という項があり(196ページ)、そこに信頼に関するある実験が紹介されていました。 カナダの社会調査。サイフを落としたときに中味が入ったまま戻るかどうかの実験。 事前調査アンケートでは、中味そのまま戻ると答えた割合25% そして、実際にあちこちにサイフを落とし中味入りで戻ってきたのは
仕事中、急に、フッと、仕事の中で自分も含め感謝の言葉が少ない気がしました。いやいや、決して悪い職場ではないのですが、なんでしょう、巨大組織では相手を褒めたり、感謝の言葉を伝えることが少ないと急に気づいたような。30年余り働いて今頃…。 先日、オンライン研修のグループセッションでファシリテーターを担当させて頂いたところ、最後に同じグループのお若い方からお褒めの言葉をいただきました。齢60近くにして、跳び上がるくらい嬉しかったのです。 振り返ると、長いこと褒められること
7月末、何気に観ていたTVの情報番組で、南の島で船上生活するお若い家族の生活に密着した特集番組。オジサンの目は釘付けになりました(汗)。 日常生活から身の回りのモノやコトを削ぎ落とし、自然に溶け込みシンプルに生活する生き方。 実はお恥ずかしながら、今まで、削ぎ落とす"引き算的生き方"は否定的な考えでした。 例えば、組織内の人事評価。期首目標を設定し期末に達成度を評価いたします。 つまり、最初に目標ありきの100点からスタート。最後に何点残ったか検証するのです。
迷惑かけるから無理に頑張る、迷惑かけるから我慢する…。人間社会で生きているとそうなることありませんか。 そんな時、もし「迷惑かけてごめんなさい」と言われたら、すかさず「いやいやお互い様ですから」とそう伝えられる人になりたいな。そして、そっと手を差し伸べられる人に。 家族間のような、へんに気を遣わずにいられる関係をみんなで築けたら、世の中も楽じゃないかなぁと思うんですが。迷惑かな。 「災害ユートピア」という言葉があるそうです。有事の際に見知らぬもの同士が協力し合っ
前回投稿、会社は社員の成長とともに成長すると、新入社員の成長支援に思いを馳せながら記述してみました。 そうすると会社の成長に欠かせないのはそこで働く従業員ということになりますよね。ならば、まず従業員の健康と幸せ追求が会社にとって1番大切なことになると思ったところなのです。 どんなにDXが進んでも、そこで働いてくれる人間が元気なく潰れていては仕事になりませんしね。また、人間は機械と違い壊れてパーツ交換すればまた元通り動き出すものでもありませんから、大切に扱わないとなり
人の数だけゴールがあるのに競う理由。 例えばこういうことでしょうか。組織が定めたルールに従い上を目指して、たったひとつの金メダル(ポスト)を目指す出世競争の影響? ここまで30年以上働いてきた私は何かとこうした状況下にあった気がします(ただ、自分がちょっと違ったのは、端から出世競争に興味と縁がなかった)。 仕事だけではありません。 昭和時代に生まれ、社会が準備した階層社会の中で、上へ行くことが人生と信じ生きてきましたから。 義務教育前から常に階層の中で、自分
◆感情揺さぶる現代社会 落ち込んだり、腹が立ったり、人間はいろんな感情にさらされて、いちいちしんどくなりますね。今日もいろいろな場面で感情がジェットコースターですよ。 挙句、感情の振り幅が大きく急激な変化に、疲れて動けなくなったり、全然眠りに落ちないなど、感情の荒波にもまれる自分に気がつきます。 ◆おまじない 私は以前からこうした荒波に揉まれている時は、おまじないの言葉を呟いて、心の凪を待つようにしています。 その言葉が 「まぁ〜、いいかあ。」 でした
誰にでも何かの才能があり、何か好きなもの得意なものありますよね。 その一方で、できないことや苦手なこともたくさんあり苦手克服しようとしますが、無理にそんなことで辛い思いしないでね。 自分にある好きなことや得意なことに向き合って、それを伸ばして自分成長してください。今はそれができたほうが大切な気がしますしね。 何せ今は多様性時代。個性尊重の時代。人と違うということを恐れず、好きや得意を伸ばしていっていただきたいな。 私ごとながら、すでに独り立ちした息子はサッカー
自分が怪我や病気で休むと仕事に穴があき、みんなに迷惑をかけてしまう。 だからそんな状況ではやすめない。無理しちゃう。そしてまた潰れる…慢性的な悪循環。 みなさんの仕事場は助け合える環境にありますか。 助け合える環境がないと、働き方改革もままなりませんよね。何かあったときに気軽にヘルプできてサポートされる関係はありますか。子どもが急に熱、おじいちゃんが倒れた、自分が高熱…ヘルプできる仕事場ですか? 仕事場に全く人が足りなくてサポートが物理的に無理な感じでしょう
人生は楽しいものだよね。 しかも、こうして「人」として命をいただいたこと自体、とても幸せなことだよね。 確かに、「人」は感情があるから辛くて苦しくて、いっそのこと虫、植物、土、水、空気になりたいと思うときは結構ありますけどね…。 でも、風を感じたり季節を感じたり、喜んだりときめいたり、ワクワクできるのは人間だからだよね。 嫌になっちゃうくらい、いろんなことが毎日起きるけど、その中に必ずときめくことがひとつはあるはず。 それに気づけるようになろうね。
子どもたちが大人になり、育った家族からひとり旅立ち、またひとり旅立ち…。子育て時代が終わるとそれはそれでさみしいものですね。 昨日までそこに居て大騒ぎしていたはずの子どもたちが気づくといない。静けさしかない。 記憶の中ではまだまだ小学生や中学生のままだったはず。いつのまにか巣立った。 昔の幼き子らの写真を眺めてはニヤニヤしながら、時が経ったことに寂しさが込み上げてくるのです。 そんな静寂の中、たまに出張で顔を出してくる。そうなると到着が待ち遠しい。また賑やかな食