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【連載小説⑦】新生活はおひとりさまで

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ハルとのおしゃべりがひとしきり済んだあと、ダメもとで家主に電話をかけてみると、「ちょうど今日クリーニングが入ったばかりだから」と明日入居の許可が降りた。日割りで家賃が発生するかもしれないが、新居で生活をスタートできるのはありがたかった。

ハルには「またすぐ会おう」と伝えた。これからは車で15分ほどの距離にいられる。学生のときのようにしょっちゅう会えなくても、今はこの距離が心強かった。

強気で出てきたつもりでいたけれど、そうでもないのか。

家具の量販店に向かいながら、私は自分の本心に驚いていた。五月の日没後は肌寒く、心もとないのはそのせいかもしれない。大学を卒業して初めて家を出たときの心細さを思い出したが、あれから20年近くが経ち、今の私はこの心細さ自由に伴う感覚であることも知っていた。

閉店前のニトリはガラガラで、私は最低限必要なものだけを揃えた。

「古いけれどベッドとクローゼット、テーブルと食器棚はある」とオーナーが教えてくれた家具を想像しながら、マットレスとシーツ、掛け布団、カーテンとシンプルな食器を一組買って、店を出た。

メゾン・ド・プラージュをすぐ出るなら荷物は少ない方がいいし、本気で新しい生活を始めるなら気に入ったものを揃えたかった。

一緒に住む誰かが不自由しないようにと、「一般的な普通の生活」を用意する必要はもうなかった。

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