七月、夏影
気が付けばそこは、見慣れた教室の中だった。
13:00 、開いた窓から入る風がカーテンを揺らしている。教室には僕が一人。午後の授業が始まっている筈なのに、誰一人居ない。窓の外には空が広がっている。眩しすぎるくらい青い。
廊下に出ても、いつもなら隣から聞こえてくる生徒の声が何もない。
おかしい、と思い校内を歩き回る。 職員室、音楽室、理科室、体育館、多目的室。 どれほど歩いたところで人の気配がしない。ここでようやくこの学校に僕一人であることを悟る。黒板の右上にも今日の日付は無い。だが今の季節が一体何なのか僕はすぐに理解した。むわっとする熱気が教室を包んでいた。額からは汗が滲んでいるのがわかる。
あの夏に戻りたいと思うことは多々あったが、まさか本当に戻れる時が来るなんて。
外に出た。桜の木が数本生えている昇降口を通り抜けて、グラウンドへ足を運んだ。 どうやら雨上がりだったらしい。グラウンドには若干の水たまりと、湿った濃い色の土が混ざり合っている。
グラウンドで顔を上げると夏空と入道雲が目の前に広がっている。
あの日見た物と全く同じだった。
僕はいつまでも、夏に取り憑かれたままで、あの頃からずっと記憶の中で動けないままでいる。
瞬きをして一秒、今度はバス停に自分は立っている。
夏草が周りを囲んで、バス停と小さなベンチが一つ。ベンチの上には、サイダーの空き瓶。
君の姿は無い。面影だけがずっと、離れないままでいる。
風が吹いている、僕は夏の真ん中に立っている。
赤く染まった日暮れが悲しそうに見えることを僕だけが知っていた。
電線に止まった烏が一羽、大きく鳴いている。
蝉時雨が聞こえ始める。
帰らなければならない。
僕は大きく息を吸い込んだ。
夏の匂いがしている。
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