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ピンクのバイブが あらわれた!|吉岡雅哉個展「来し方行く末 ‘24春」

トーキョーワンダーサイト本郷(現TOKAS本郷、以下TWS)で2007年に開催された吉岡雅哉の個展「コンビニ畑にテレビっ子」のイベントページに、吉岡作品が以下のように紹介されている。

吉岡雅哉が描く作品には、暗闇に蛍光灯で白く光るコンビニをはじめとして、1人テレビをじっと見つめる少年の背中、事故の瞬間などが繰り返し登場します。粗く勢いのよい筆致で描かれた生活の実感を含む劇的な風景には、利便性の追求、商業主義、過剰報道など、吉岡が感じた現代社会の持つ負の要素への抵抗が暗示されています。

https://www.tokyoartsandspace.jp/archive/exhibition/2007/20070929-4952.html

この展示の翌年、TWSと東京都が主催した公募「トーキョーワンダーウォール都庁2008」で、ワンダーウォール賞を受賞した吉岡は、2009年に受賞者展として東京都庁で開かれた個展で、受賞作品を展示から外されるという事態に直面することになる。

入学式
2008年 / 1303×1620mm / キャンバスに油彩 / トーキョーワンダーウォール都庁2008受賞作品

賞を授与したのはそもそも東京都であり、展示条件は受賞作を含めた構成のはずだった。当時審査員長で都知事だった石原慎太郎氏が推した作品だったにもかかわらず、それを良く思わない役人の都合なのか、明確な説明はなかったそうだ。新人発掘の機会として自らがお墨付きを与えた作品を、自らの都合で規制しその発表機会を奪うというのは、はたして同賞が目的とした、世界に向けた文化的魅力の発信といえたのだろうか。

展示自体の開催が無くなるかもしれない圧すらかかり出す状況の中、ともかく代替作品の提出に舵を切った吉岡は、「床上手」というタイトルの、床の間を舞台にした、新作絵画の制作を開始する。

「床上手」
2009年 / P30 (910×652mm) / キャンバスに油彩

吉岡は、大工職人としての顔を持っている。代々続く、大工職人の家に生まれ育った。中学卒業と同時に大工の道へと進んだ彼は、その後約30年、現在も家を建て、絵を描くという生活を送っている。(TWS本郷での個展のフライヤーにも「大工職人として工務店に従事」とArtist Profile欄に記載がある)

日本家屋は、そうした経歴から見ると、自身のアイデンティティに繋がるモチーフである。そして、出展拒否となった受賞作品が、コンビニの前で交わる男女を描いた、屋外の風景画であったのに対して、和室の作品では、自らの腕と経験により、細部に渡り勝手知ったる室内へと一旦戻ることで、態勢を整えようとしているように見える。

閉め切った室内ならばと、床の間で交わる男女を描くことにした吉岡であったが、今度は制作途中の段階で、その描写はダメだと、都の監視が入ることになる。男女の姿を明らかにしてはいけない、ならば、障子の外からうっすら見える、男女のシルエットはどうかと試みたが、これもダメだった。一度は描かれた男女は、その上に新たな絵具が塗り重ねられた。
ハレの空間である床の間は、こうして侵入された後、誰もいない無人の空間になった。

このとき都は、空間の中に描かれたあるものを見落としていた。「床上手」と書かれた掛け軸と、ピンクのバイブである。搬入設置の際になって、これらモチーフにようやく気付いた都は、その時点でも難色を示したものの、さすがにこの段階で展示を拒否することはできなかったようで、無人となった和室の作品は、吉岡の残した爪痕であるこのモチーフを残したまま、最終的に都庁内で展示された。


冒頭の紹介文にあった、「現代社会の持つ負の要素」とは、一体何を指しているのだろうかと思う。この解説文自体は、都庁展とは別の機会での解説とはいえ、吉岡にとってみれば、そこに書かれた「利便性の追求、商業主義、過剰報道など」を負の要素として指すよりも具体的な例として、自らの都合で立場や条件を変え、作家の表現を監視・規制してくる存在こそが、現代社会の持つ負の要素だったのではないだろうか。そして、その要素への抵抗の暗示こそ、和室に残されたモチーフだったのではないだろうか。

当時吉岡の作品が、「利便性の追求、商業主義、過剰報道など、吉岡が感じた現代社会の持つ負の要素への抵抗」を表していたというのは、個人的にはあまりしっくりこない感じがする。少なくとも「床上手」は、抵抗を示した作品だと思うけども。TWSの解説は、他のどの作品よりも、「床上手」に合う解説だと思う。


都庁で展示された2枚の「床上手」はその後、作家のアトリエに長らく封印されていたが、2024年3月、15年ぶりに、新作と交えた個展「来し方行く末 Season 2 (Spring '24)」で展示公開された。


静けさが漂う無人の和室空間とは対照的に、23年に描かれた近作では、自由奔放な若者たちが、彼らの思春期を存分に謳歌している。彼らの周りには、自然や田園の景色が広がっている。傍らに、ピンクのバイブが置かれている。現代社会の持つ負の要素から、彼らを守る、御守りのようだ。

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