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メイヤロフと鶴光師匠、ひとの成長の話


20代後半のころ、最初に勤めた設計事務所を辞めて地元で現場監督をやっていた頃の話。

そのころあてがわれていた軽トラ、スバルサンバーは、トラディショナルなAM専用ラジオ搭載だったので、1242ニッポン放送が日々の友だった。
横須賀から葉山に抜ける、日が傾きかけた新緑の道、現場を早めに閉めて会社に戻る道の途中、鶴光師匠がアシスタントのお美和子様の三十路を大々的に祝い、三十路坂というシングルまで出そうとしていたその頃(今ならハラスメント扱いされそうだが、あれは師匠の照れ隠しよね)、ええのか、ええのんか~という、いつもの下ネタの合間に師匠が一瞬真顔になり(見えないけど)、

「情けは人のためならず、巡り巡って我が身の為、や」

情けをかけるのは他人のためにならない、という意味ではないんやで、と仰ったことを何故かよく覚えている。


さて。

正義感とか、使命感で駆動して福祉系の仕事をしていると、えてしてガス欠になったり燃え尽きたりしがちであるが、それだと鬱もしくは過労死一直線、よくありがちな罠である。

かく言う自分もドツボに嵌ると、希死念慮とは言えないかもだが、このまま加速し続けて倒れて終わりたいというような、過労死念慮とでも言えるメンタルに囚われることがあった。

ひとりで勝手に嵌っているならまだいいが、同居の家族がいる状況だと、周りを巻き込むので、あれは大変よろしくない。


では、この仕事をもう少しポジティブに続けるための、自己犠牲系ではないモチベーションとして、どういうものがあるかを手探りしていた頃、ケアの本質という本に出会った。

当時、お世話になっていた介護系のS先生にその本の話をしたら、「あ、メイヤロフですね」と神速で返されたので、かなりその筋では有名な本なんだと思う。


この内容が、鶴光師匠のあの話と繋がったとき、すっと自分の腑に落ちた。

ああ、こういうかたちの我が身のためがあるのだ、と。
そして鶴光師匠のあの「我が身のため」は、何か良いことがプレゼントのように返ってくるとか、そういうニュアンスとは確かに違ったよな、と。


メイヤロフ氏によれば、ケアという概念は、その相手の成長を助けることを通して、我が身の居場所を得、そして我が身も成長するものである。

だから、ケアワーカーは相手の成長を鏡にした、その自らの成長をモチベーションに、仕事をし続けられる可能性がある。
まるで神や信者のように、上から何かを施したり、もしくは上向きに捧げたりという一方通行のものではない。それではいつか泉は枯れる。
そうでなく、ケアの仕事の中で自らの成長を受け取るのだ。



話は変わるが、このnoteを書き始めるにあたって、大昔にメモったはずの言葉が気になり、30年くらい前の無印の再生紙ノートのいくつかを、頭から眺めるという苦行を自らに課すハメになった。

何者でもない感に溢れている、恥ずかしくて外には出せない、いろいろな能書きを書き散らかしいる当時の自分に伝えるのが申し訳ないことであるのだが、
そこに過去の自分が未来の糧になるだろうと考え、読み散らかした本から書き写したであろう言葉は30年後の自分はほとんど覚えてないし、オリジナルの気づきメモのほとんどは30年後のこの人の、血肉にはなっていなさそうである。
せめて、言語化できないレベルですこしくらい身についていることを願いたい。

でも、いま振り返るときにそれを薄っぺらいとか、青いとか感じるということは、その30年に自分に積み上がりがあるからのはずだ。

それはこの間、この仕事をしながら、2500件のご相談のなかでいろいろな方と出会い、しばしば利用者さんやケアマネさんや福祉用具屋さんにお叱りを受けたりもしながら、またトラブルや己の無力、また喜ばれたことを刻みながら、
人の生き死にのなかで、身の丈にほんのわずかずつのアルファを繰り返しプラスしたからこそ、ここまできたのだろうという実感は、たしかにある。

そこを振り返ると、心の持ちようひとつで、人はこの世から卒業するまで成長という糧を得ることができる、と確信できるようにはなっている。その年齢関係なく、である。
その成果を残して誰かに伝えたいがために、沈黙していた自分はようやく、こうやって文章を書くことにしたのかもしれない。

なので、行き先は見失いがちだけど、人生をかけて成長したいと思う方が、ケアに関わる仕事のドアを叩くのはお勧めである。



この春から、学校の先生でも、介護職でも、新入社員の教育担当でも、何かをケアする、相手の成長を助ける仕事を始めることになった方に、ちょっと届けたくなって書いてみましたよ。


ケアの世界へ、ようこそ。


※参考文献
ケアの本質:生きることの意味
ミルトン・メイヤロフ著 田村真・向野宣之 訳 ゆみる出版



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