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役所とオフサイドライン 〜給付と自費のあいだ


よく役所の人は杓子定規で困る、みたいなことを言われている。気の毒なことである。

自分は杓子定規こそ役所には大事だと思っている派である。でも、その杓子は見えないと困るのだ、そんなお話。


介護保険という仕組みを使って住まいの環境を整えるとき、手すりなどをつける場合には、住宅改修という保険給付が使える。

使える、といっても、これは誤解されがちなのだが、補助金ではない。保険給付である。
例えば自動車保険なら、事故を起こした際、その内容を精査した上で支払額が決まる。それに似ている。

そのためには、それが保険給付に相応しいものか、を保険者(役所)が確認する必要がある。では、何をもって相応しい、と言えるのか問題がここで発生するのだ。

昔、大学を出てからいきなり人生に躓いてプーになり、現場付きの建築模型屋さんを続けていた頃、そこの設計現場事務所のえらいひとであったY内さんは、事あるごとに「基準法の趣旨を読め」と話していた。

言い換えれば、その法律は何のためにあるのか考えろ、ということだろう。
そして、実はどんな法律にも、それがちゃんと書いてあるのだ。こんなふうに。

建築基準法 第一条 この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。

生命健康財産の保護はまぁそうであろうと思うし、最後には出たな、公共の福祉!という感じだ。
というわけで、介護保険ならどうであるか。

介護保険法 第一条 この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。

つまり、介護保険給付における個人レベルの目的は、個人の尊厳の保持と自立した日常生活だし、大枠のレベルでは、国民の保険医療の向上及び福祉の増進、ということになる。

ただし、有する能力に応じて、という条件がかかっているので、まずその人の能力にきちんとフォーカスする必要がある。だからそれを説明するために、手すり一つ一つが必要な理由を書いて申請に添えるしくみがあるのだ。


そのように、施行令やら政省令やら厚労省の通知やらにより細かい規定が定められているのだが、それらは全て、この介護保険法の目的に沿うことが必須になる。

また、介護保険は地方自治体レベルが保険者(複数の自治体が組んでやってる場合があるため、市町村とは言わない)、つまり胴元であるため、それらの市町村が、上位法の範囲で、それぞれの事情に合わせて、きめ細かくどこまで適用するかを決めて良い。



だが実際には、時折役所でおかしな判断に遭遇することがある。
以前、ソファーからの立ち上がりのために手すりをつけてほしいと言われ、ちょうど良さげな位置の柱の角に手すりをつけましょう、と申請したところ、窓口で家具からの立ち座りのための手すり、は理由にならないと撥ねられた。

こちらも、そこで「はいそうですか」、とはいかない。それがなぜできないのか、ご利用者さんに説明できないからだ。自立支援のためなのに何で?と言われたら答えられない。

取り付く島がなかったので、その内容を県の福祉部高齢課に連絡した。これは介護保険の趣旨に沿うものであるのだから、無条件で受け付けないのは法律の運用としてどうなのか、と持っていったのだ。
県は介護保険法の話、つまり国マターなので、これをそのまま厚生労働省に持っていき、後日厚生労働省老健局からのお返事が返ってきた。このように。

・家具は移動できるものであるため、まずは同様に移動できる貸与品の手すりを使うことが望ましい
・ただし、その設置が難しい場合など、住宅改修による手すりの固定設置を認めうる

…これなら利用者さんにも説明できる!

というわけで、その回答書を市に持っていき、福祉用具利用が第一選択肢になるケースではそれを検討した上で、それでも適合しない場合は、住宅改修により対応する計画を受け付けてもらえるようになった。

大事なのは、その法の趣旨という、メートル原器のような大元の杓子がちゃんと意識されて行政が動いているという前提である。
稀に役所の個人レベルでそこを踏み超えた行政の判断が発生していても、そこを指摘すればちゃんと軌道修正できるのである。そう信じるのである。


そして、こういう闘いコミュニケーションを役所の方と続けていくと、この保険者だとここら辺は通る、通らないが、なんとなくわかってくる。


たとえばサッカーの世界だと、審判によりファールの基準が違う事はよくあるが、その審判の傾向を知ることで、チームが判定にナーバスになり過ぎたりすることを防げたりする。

役所との関係が必須となる仕事も、そういうかたちでお互いの考えをすり合わせていくことで、こちらはあらかじめオフサイドラインが見えるようになる。

そしてその結果、利用者さんとの打ち合わせ段階で的確な判断がしやすくなり、介護保険が想定外に使えないというトラブルも減り、役所の方もクレームが減って仕事が捗り、結果として公共の福祉の増進につながるのではないか、などと考えつつ、


先日も認知症の奥様が二階に昇るための階段の手すりの理由について、生活上の必要性の記述が足りないとダメ出しを食らい、頑張ってより明確な理由を拾い上げて追加説明書類にしたのであった。



オフサイドラインがわかっていても、やっぱりギリギリの飛び出しを狙いたくなるものなのよね。
オフサイドを冒すことでこそ、オフサイドラインが明確に決まっていくものなのだし。

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