VOL.13寄稿者&作品紹介20 長谷川町蔵さん
長谷川町蔵さんのウィッチンケア第12号への寄稿作「ルーフトップ バー」には、ポストコロナ感が漂っています。このGW明け、厚生労働省の公式サイトには〈新型コロナウイルス感染症の位置づけは、これまで、「新型インフルエンザ等感染症(いわゆる2類相当)」としていましたが、令和5年5月8日から「5類感染症」になります〉とありまして...まあ、この国はそのように進むと決めたのでしょう。本作の主人公・下條くんは、入社後初めてリアルで顔を合わせた2022年度入社の同期のまえで、《永遠に続くかと思われた豪雨が止んで黒雲の間から光が差し込んできた気分》とその胸中を語っています。たしかに、Z世代(と、作品紹介の便宜上ひとくくりにしますが...)にとっての2020年春〜これまでの時間は、どんなに長かったことか。またその間にさまざまなワーク・スタイルについての言説が飛び交いましたが、そろそろその「答え合わせ」が始まる時期。作品内にはリモート(ネット経由)とリアルの差異について、「これは長谷川さんにしか書けない!」と私のツボを直撃した一節がありまして、それは下條くんが同期の八雲さんと初めて会ったときの感想。《zoomごしで見る八雲さんは小松菜奈そっくりだったけど、リアルな彼女はむしろあいみょん似だった》...ネット上では「ホクロで見分けろ」などと言われていますが、二人の差異をzoomにからめてサラッと表現してしまうところに、なんともいえない妙味が。
作品冒頭では変貌する渋谷についても、それなりの尺を割いて描写されています。まだ完成したわけではないのでなんとも言えませんが、現在の渋谷駅、駅構内は迷宮のようで、お目当ての乗換線や地上付近に出るのは、難易度高し。以前の渋谷駅もあっちこっちへの移動が面倒だったんですが、しかし、電車を降りて東急プラザがどこかわからないなんて...その東急プラザは現在、地上18階建ての複合施設「フクラス」に含まれてしまっていて、そのフクラスの17階と18階は、いちおうそこも東急プラザということになっていて、でっ、その場所にあるのがこのお話の舞台となっているルーフトップ バー「CÉ LA VI」なのでした。
前号(第12号)掲載作「Bon Voyage」に登場したフルゴメ・レンのことを思い出してしまいそうな今作。これからの日本を担っていく、若者たちの物語です。下條くんの心に刻まれているのが、あいみょん似の八雲さんが役員へのプレゼンで熱弁したさいの《「わたしたちZ世代は、エアビーの場所なんか気にしません。気になるのは、SDGSかどうかとSNSでバエるかどうかなんですっ!」》というエモい言葉...なんてところを読むとちょっと不安になりますが、いやいや、ここは口を噤んだまま、作品の結末で描かれた状況下でも下條くんたちが頑張ってくれること、祈るのみです。
ぼくと八雲さん、円山が入社してちょうど一年になるイーバウンド・コーポレーションは、2019年に設立されたばかりの会社だ。サービス内容は、海外からの旅行客と民泊をスマホ上でマッチングすること。決済はビットコイン・オンリー。Forbes JAPANでは「注目すべきネオ・ジャパニーズ・エアビー・マネージメント企業」として取り上げられるなど、ビットバレーのスタートアップの中でも注目株とみなされている。
上場しているような企業は、老害がのさばっていて若手になかなか権限を移譲しようとしないと聞くけど、うちの会社は対象顧客がZ世代なので、逆に若ければ若いほど権限が与えられる。
ぼくらは、日本が発展していた時代を知らない。生まれる十年以上も前からこの国は停滞しきっていたからだ。世界の常識では考えられない異常な状況が続いているのは、上の世代の責任だと思う。X世代は昭和を懐かしんでいるだけだし、ミレニアルズは日本なんてもう良くならないと最初から諦めてしまっている。でもぼくらZ世代は違う。バブルを知らないということは、バブル崩壊も知らないということだ。何も知らない世代だからこそ、日本という国をリノベーションできるんじゃ
ないか。日本が良くなれば、世界も少しだけ良くなる。そんな話をこの一年間、八雲さんや円山とLINEのグループで語り合ったものだ。
〜ウィッチンケア第13号掲載「ルーフトップ バー」より引用〜
長谷川町蔵さん小誌バックナンバー掲載作品:〈ビッグマックの形をした、とびきり素敵なマクドナルド〉(第4号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈プリンス・アンド・ノイズ〉(第5号)/〈サードウェイブ〉(第6号)/〈New You〉(第7号)/〈三月の水〉(第8号)/〈30年〉(第9号)/〈昏睡状態のガールフレンド〉(第10号)/〈川を渡る〉(第11号)/〈Bon Voyage〉(第12号)
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