多田洋一
VOL.12寄稿者&作品紹介38 ナカムラクニオさん
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VOL.12寄稿者&作品紹介38 ナカムラクニオさん

多田洋一

ナカムラクニオさんの主宰する6次元(東京都杉並区荻窪)の公式ブログを拝見すると、最近はアート系の催しが目立ちます。《1日美術講座》、《金継ぎENGLISH》講座、《呼び継ぎワークショップ》etc.。またオンライン画像で販売されている絵画には以下の一文が添えられています。“作品の売り上げはすべてウクライナの隣国スロバキア、イギリス、アメリカでの美術活動費として使わせて頂きます”。そんなナカムラさんの小誌今号への寄稿作は〈妄想インタビュー 岡倉天心との対話──「茶の湯」という聖なる儀式について〉。やはり美術と所縁の深い人物を取り上げていて、最近のナカムラさんの、関心事の方向が伝わってきました。ちなみにこのタイトルは今号で一番長くて、これは小誌歴代の「タイトルが長い選手権」でも第1位かな、とふと思えたので遡って調べてみたら、第4位でした。3位が木村重樹さんの〈マジカル・プリンテッド・マター 、あるいは、70年代から覗く 「未来のミュージアム」〉、2位が須川善行さんの〈死者と語らう悪徳について 間章『時代の未明から来たるべきものへ』「編集ノート」へのあとがき〉、そして第1位は栗原裕一郎さんの〈あるイベントに引っ張り出されたがためにだいたい三日間で付け焼き刃した成果としての「BGMの歴史」〉...せっかく調べたので記録しておきます。

妄想の世界に降臨した天心が説く、茶道の真髄。髭を蓄えた肖像写真を思い浮かべながら“茶道は、日常生活の俗なものの中に存する美しきものを崇拝することに重点を置いた一種の儀式であり、純粋と調和の神秘を教える思想となったのだ”なんて語りっぷりに接すると、よくわからなくても「御意!」と言っちゃいそうな迫力です。この後、茶は「衛生学」であり「経済学」であり「精神の幾何学」でもある、と持論はさらに展開。理詰めの人かな、と思うと“茶には、酒のような傲慢なところがない。コーヒーのような自覚もなければ、またココアのような気取った無邪気さもない”なんて、うまくアレンジすればJポップの歌詞にでも引用できそうな、お洒落な言い回しも...硬軟併せ持った、一筋縄ではいかない人物像として描かれています。

作中の、茶器に関する天心翁のお言葉が、浅学な私(←発行人)にはとくに勉強になりました。茶と器の色的な相性については「茶道」に足を踏み入れたことのない私でも、なんとなく日常的に感じてはいたけれども...なるほどなぁ、“南部の青磁と北部の白磁”。茶道楽は身を滅ぼす、なんて言葉もありますが、淹れるお茶の色に合わせて家ん中にある陶器やら磁器やら、カップやらコップやらを選んでみるだけでも、けっこう心豊かな気分転換になるような気がしてきました。

──茶は、人にどんな影響を与えますか?

天心 象牙色の磁器に注がれた琥珀色の液体の中に人は「孔子の心よき沈黙」「老子の奇警(奇抜な発想)」「釈迦牟尼の天上の香」にさえ触れることができる。そして、自分の「ちいささ」を感ずることができれば、他人の中にあるささやかなものの偉大さにも気がつくことができるのだ。

〜ウィッチンケア第12号〈妄想インタビュー 岡倉天心との対話──「茶の湯」という聖なる儀式について〉(P216〜P219)より引用〜

ナカムラクニオさん小誌バックナンバー掲載作品:〈断片小説 La littérature fragmentaire〉(第7号/大六野礼子さんとの共作)/〈断片小説〉(第8号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈断片小説〉(第9号))/〈断片小説 未来の本屋さん〉(第10号)/〈妄想インタビュー フロイト「夢と愛の効能」〉(第11号)

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多田洋一
文芸創作誌「Witchenkare」(ウィッチンケア)発行人。東京都町田市在住。 フリーランスのライター/エディター。