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変なやつの話

今日は学生時代に見た変なやつの話をする。

話をわかりやすく進めるためにその変なやつの名前を、そうだなー、
100万回生きた猫としておこう。
それはやめとけ

じゃあコジマ。
…うん。よい。

 

いじめには必ず理由がある。

背が低いとか、高いとか、優しいとか、兄の態度が気に入らないとか、こう言ったことだって立派な理由になる。

もちろん、いじめられる方が悪いとは限らい。
むしろほとんどの場合、いじめている方が絶対的に悪いというのが世間一般的な考えかたで、僕もその内の一人だ。

だけど、それと同時にこのようにも考えたりする。

集団というものには各々で独自の社会が確立されていて、人間性や環境に適応したようなルールや価値観、仲間意識が存在する。

「倫理」なんてものは僕たちがこれまで生きてきた生活の中で後からに植え付けられた概念に過ぎなくて、そんなものより集団の中に独自に存在するルールや仲間意識にどれだけ適応できるかの方がはるかに重要だ。

例えば、戦争のある国では人を殺せば英雄になれて、とある会社では人を騙して契約を取ることで高い地位や信頼を勝ち取ることができる。

もちろん、学校にも独自の社会が機能していていて、当然独自のルールや仲間意識も存在する。そこから逸脱した行動をとると、その仲間意識は巨大な質量となって自分たちとは違う異質な存在を押しつぶしにかかる。

それでいくと、今回僕が見たいじめは、コジマが100%悪くないとは言えなかった。

あいつは当時の僕らからすれば、反社会的行動をとる異物だった。

僕は大学時代、とある部活動に所属していたのだけど、そこで交わされる挨拶というのは、よく世間でイメージされているようなThe体育会系いうようなものではなくて「ちゃっす」というような形状行う作業の様なものだった。

それでよかった。それがこの部のルールなのだから。

だけどそのルールに従わない奴がいた。コジマだ。

彼だけは一人極端とも言えるくらに綺麗で、きちんとした挨拶をした。

最初はみんなも「最初だから張り切ってるな」みたいな反応を見せていたけど、そうではないのだとすぐにわかった。

コジマはまるでそうするようにプログラムされた感情を持たないロボットのように、半年経っても、1年経っても、このきっちりとした挨拶を止めることはなかった。

それ光景がしばらく続き、僕らは、コジマに対して抱いている認識を改めなくてはならないないと理解した。

「こいつは張り切っているんじゃない。頭がおかしいんだ」

もしこの時、異質な行動が挨拶だけにとどまっていれば、少し不器用で行儀の良い、可愛い後輩だと思われていたのだと思うのだけど、彼のおかしな行動はそれだけじゃなかった。

彼は掃除の時間に、全員が遊び始めても、ただ無言で掃除を続けた。

練習の時間に全員で相撲大会や男気ジャンケンを始めても、彼だけはそれに参加せず練習を続けた。というよりも、どうするべきか分からず戸惑ってるようにも見えた。

トレーニングの最中に冗談のきいた会話を投げかけると目に見えて動揺した仕草を見せた

まるでトレーニングと会話の両立を図り、どちらもまとまりが無くなってしまっている様子だった。

みんなはこの学生社会の中で不適合な行動をとるコジマを気持ち悪く思うようになり、とうとう彼へのいじめが始まった。

コジマの毎日するちゃんとした挨拶をみんながからかい、無視をするようになった。

体育会系だったこともあり、気性が荒い奴らが多く、かなりひどい暴力も度々あった。

だけど、それは仕方がないことだった。

一般的に見ると綺麗に挨拶をすることも、トレーニングをすることも、掃除をすることも決して悪いことではないのかもしれない。しかし残念ながらこの集団の中でそれは、たまたま正しくない行動だったのだから。

郷に来ると剛に従わなければならない。だけど彼はそれをしなかった。

だから、このいじめは仕方がない。

彼のいじめられている姿を見ても、あまり気の毒には思わなかった。
なぜなら、コジマというやつは底無しに頭がおかしかったからだ。

彼はどんなに蹴られても、怒鳴られてもいつもニヤニヤ笑っていて、いじめが一段落つくと何もなかったように自分の持ち場に戻っちり、普通に練習を再開していた。

そのニヤケ顔は口角が不自然に上がり、目元はあまり変化がない。上の前歯だけが異様に出て、簡単にいうと、変だった。

いじめた相手が話しかけると、彼はそれまでの記憶がすっぽりなくなったようにいつも通りに会話をした。

話し方はすこぶるおかしくて、「あっ..あっ..あのっ…それはっ…だから…」と、まるで2倍速の動画を見ているみたいに一言一言が不自然なくらいに早口で、それがまた彼に対して抱く奇妙な人間像への構成に拍車をかけた

部内で彼はこのようなことを言われるようになった。

「あいつは何も考えていないから多少のことを押し付けても大丈夫。」
「嫌なことでもすぐに忘れられるからいいよな。」

それは馬鹿にしているのとも、ふざけているのとも違っていて、「三角形の内角の和は180°なんだよ」みたいな、ただただ真実を真実として話しているような、そんな感じだったと思う。

僕とコジマは4年生になると授業数も減り、暇な時間が増えた。

彼は開いた時間テコテコと僕らと接点が無いはずの研究室に通うようなった。

頭のおかしなヤツは普段一体何をしているのだろう。僕はそれがすごく気になり、同じ授業の時にそれとなく聞いてみることにした。

「お前はいつも研究室で何をしてるんだ?」

「スマッシュブラザーズをやってる」

「へー…」

その答えには少し驚ろいた。

なんで研究室にゲームがあるんだよ、ってのもそうなんだけど、それ以上に、こいつも普通にゲームなんてのをするんだなと、それがすごく意外だった。

聞けば漫画も読むらしい。宇宙に行く男たちの話。
僕もその話は知っているので、そこから登場人物の名シーンやらなんやらで、会話が少し盛り上がった。

いつもよりマシではあったものの、やっぱりどこか不自然な話し方は健在だった。

それからしばらくたった別の日、午後からの授業だった僕は少し遅めの昼食をとりに食堂に向かった。

食事をするには中途半端なこの時間、食堂にいる学生の数はそれほど多くない。だからもし知りあいがいればすぐに見つけることができる。

この日も簡単に見つけることができた。

あいつは…コジマだ。

一緒にいるのは僕の知らない3人の学生。多分年上、大学院生?
あいつにも友達なんかいたんだな。

新鮮な光景だなと思いつつ、特に気にすることもなく、僕は彼らから遠過ぎず、かといって近すぎることもない、適度に距離を置いた席についた。

そこからでも十分彼らのたわいない会話が聞こえてきた。

ゴキブリを素手で掴むことができる自慢。マドレーヌなら座布団のサイズいけるという大言。

これに負けじとコジマも冗談で返す。

「スゲーっすね」「僕ウナギなら800mmいけますよ」

なんてことない、アホで学生らしい、普通の会話だ。

普通の…..会話?!

ゾッとした。

当たり前だ。そんなことあるはずがない。

僕はコジマの存在を一層深く噛み締めて、席をひとつ挟んだ先にいる彼の顔を再確認した。

そしてさらに、ゾッと、それと同時に少し苦しくもなった。

胸の奥を何か冷たいもので触れられ、そこから青い淀みが下へ下へと徐々に体の中を浸食していくような感覚。

なぜならコジマは、なんでもないように、しっかりと、

普通の顔をしていた。

普通の顔で、普通に話して、普通に笑っている。

あいつは、普通ではないはずなのに。

蹴られても、馬鹿にされても、気にしない、ニヤニヤ笑う頭のおかしい奴。それがコジマのはずだ。

僕の中ですぐに一つの憶測が立った。
絶対にあってはならない、恐ろしい憶測だ。

まさか、コジマは、僕らが思っている以上に、普通の人間なのではないか?

僕は彼ならいじめられても問題はない、仕方がないと思っていた。

頭がおかしいのだからいじめられても仕方がない。

不快な出来事を不快と認識しない、仮にしたとしてもそんなことをすぐに忘れてしまう。だからいじめられても問題はない。

イジメなのかそうでないかの明確な基準を定義する文書とかはありはしない。であれば、相手が不快に思うか否かでそれは判断されるのだと思う

感情が可決した、頭のおかしいコジマなら、いじめたとしても問題はない。いや、むしろイジメにすらならない。

だけど、もしも彼にも感情があって、不快ことを不快と感じ、しかもそれを簡単には忘れることができない、普通の人間なのだとしたらどうだ。

普通の人と同じようにスマッシュブラザーズを楽しんで、普通の人と同じように好きな漫画があって、普通の人と同じように友達と会話をして、普通の人と同じように辛いと思う感情を持っていて。

殴られて笑うのも、頭がおかしいからなのではなくて、彼なりに真剣に考えて、その結果の導き歩出した末の行動だったとしたら….

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