ぼくは世界からきらわれてしまいたい #22
背後の女たちのひそめいた話し声が、脅迫的にぼくの意識に浮かびあがってきた。それは明確な言葉の形ではなく、内容を欠いた信号として、空気のふるえを微弱な抑揚のうちに伝えた。それはなにかぼくについての否定的評価を含んでいるようで、ぼくの不安を煽った。
ひとつの声が長く続いたり、ふたつ重なったり、いくつかの掛け合いのようになったりして、それは独特なかたちで、ある磁場のようなものを形成していった。それは女たちを取り囲む結界として、ぼくの侵入を、あるいはぼくを貫く欲動の侵入を防いでいるように思われた。
聞き取れない音が生じさせる磁場が、ぼくの意識の底になにかの周波を送りとどけている……それは網膜にうつる不規則な∩の運動と同期して、気付かぬうちにぼくの身体へと、麻痺させる毒を流し込んでくる。
自分がいつのまにか、動けぬまま監視のもとに置かれているという感じがした。店の女たちだけでなく、あらゆる∩のあいだで、読み取ることのできない信号が取り交わされて、ぼくを包囲する磁場が生じてしまっているように思える。
……キョロキョロして………あれじゃあ…ねぇ……………ほうがマシよね………
集中するといくつかの単語が聞こえてくる。音がまっすぐ尖った金属となってぼくを刺してくるような感覚に、途端にぼくは小さくなって、記号と正確に対応した規格に当てはめられていく。
ぼくを像のうちに閉じ込めるのはカメラや視線などではなくて、この磁場にちがいなかった。通りの∩たちが生じさせている磁場のなかで、ぼくの無数の標本がつくられているように感じる。誰が発したわけでもない言葉が、誰が見たわけでもない角度から積み上げられていく。
ひとつひとつの断片的な像の詳細を知れないまま、ぼくは漠然とした、拒絶の意図をその磁場から感じる。形状のあやふやな像のうちに、けれどもその全体を支える確かな軸のようなものが、積みあがっていくなかで通されている。
それは川の流れのように捉えがたく、しかし動かしがたいものだ。無数の力が集まってひとつの力をなしている、その全体としての姿の一方で、そのうちではひとつひとつの斥力と引力が、たしかにぼくに加えられている……
力によって規定されたぼくの像の形状が、また新たに力のベクトルを生じさせ、たえまなくぼくの像を更新しては排斥していくように思われた。そういう力の交錯のうちで生じる女からの受容が、偶然的でなくてなんだというのだろう。
――まるで自然現象みたいに心を扱おうとするじゃないか
――じっさい、それは物質的なものに還元できるはずだろう
――どうだろうね、それはきみの願望のように聞こえるがね
――願望だって?
――結局きみは磁石のように自明な、裏切ることのない関係を欲しているだけなのさ。ママからの無条件の愛を求める子どもみたいにね。理屈をこねる前に、神を呼び込む努力でもしたらどうだい?
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