ぼくは世界からきらわれてしまいたい #17

二度目の休憩をアオマブタに告げられぼくは再び屋上に出た。剥き出しだった岩肌が均一な角度で削り落とされたような平板さが、そこに広がっていた。これは先ほど見たままの景色だろうか。その平板さはかえってぼくを落ち着かなくさせた。

ぼくは先の尿の跡が残っていないか、ファンのあたりを見渡した。ファンは世界のはじめからそうしているみたいに佇んでいた。ぼくは周囲の事物を見渡すけれども、事物たちは電車で奇声を発し続ける者から目を背ける乗客のように、ぼくとのかかわりを断とうとしていた。

呆気にとられて、ドアへ引き返そうとすると、靴の裏に、なにか粘り気のあるものを踏んだ感触があった。それは有機物の感触で、なにか脅かす意図に満ちたものが、ぼくの髄に侵入しようとしていた。足元に目を向けると、白い粘液がコンクリートから浮かび上がるように自らを主張していた。嫌悪に顔が引き攣るのを感じながら、ぼくは腰を落としてそれを観察した。

それが何であるのか、ほとんど明らかだったけれども、ぼくは指でそれを掬い鼻元に寄せた。むせ返るような、けれどもよく知る臭いは、それがぼくと身体の構造を同じくするものから発されたことを確信させた。

その確信は捉えどころのない感情をぼくのうちに呼び起こした。思えば他人の精液に触れることなど当然なかった。それは誰のものであってもいいような気がした。同時に、ぼくの精液も本来誰のものであってもいいのだと思った。いずれにせよ同じひとつのものが、無数のバリエーションとなって現実に表出しているにすぎなかった。

しかし目の前の精液は、他の無数の、〈なかったことにされたもの〉とは異なり、その場に存在する権利を占有しているような表情を浮かべていた。彼のうちに、なかったことにする必要のあるものなどなく、それらはすべて行き場をもっているように思える。それらの行き場となることが、世界に意味を生じさせる……

この場じたい、もともとなかったことにされる類のもののはずだった。しかしそれは彼の精液の行き場を構成する要素として、意味を持たされたのだ。精液はその場に根を張りそうなほど強くそこに存在しているように見える。

いずれそれは花を咲かせるだろうとぼくは思う。純粋に幾何学的な比率からなる曲線のおりなす複雑な面を、いくつも重ねた花弁が、永続的な硬度で開くのだろう。パールだとかマイカだとか、細微に輝く粒子をふくみながら、あらゆる光の角度に対してゆたかな色彩を浮かべる花弁。この精液が散種されることによって、世界はそういう花で満ちていく。

それはぼくの精液をなかったものとしながら、こっそりそれを養分として、その美しい粒子の一片とするだろう。目の前の精液、成分としてはぼくのものとは変わらぬはずの精液は、現実的なものをかなえる力にみちて見える。なぜそれがそのようであるのか、なぜぼくのものがそのようでないのか、ぼくは恨みがましく見つめた。なかったものにされた精液と、増殖していく精液のイメージそのもの……

場に戻り、記号と装飾に対して憎々しく思いながら、ぼくは女たちの尻を見た。衣服の下に生々しく蠢く、色素沈着した性器をぼくは想像しようとして目を凝らした。けれども薄いはずの衣服は、きわめて硬質な膜となって肉体を隠していた。それらの装飾は裏面のない、現実そのものの姿を浮かべているという感じがした。

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