ぼくは世界からきらわれてしまいたい #26

それにしても、彼女のうちにあるぼくに対する軽蔑と、相反する内面の開示……これは何を意味するだろう? もしかすると、軽蔑に足る卑しい存在によって虐げられることを、彼女は無意識に望んでいるのではないか?

それが軽蔑しうる者であるだけ、いっそう彼女を構成する内実はふくらんでいくだろう。つまるところ、彼女はいつも、軽蔑しうる男を、自分に罰を与える存在として選んできたのではあるまいか?

「勘ですけど、お父さん以外にも、ひどい扱い受けることが多かったんじゃないですか?」

ぼくはその疑念を晴らしたいと思った。この女に対する自分の形状を定めてくる、不気味な影の正体を知りたいと思った。

「そうなんですかね。男運悪いとか、見る目ないとか、言われることはあります」

彼女の言葉が投げかける影の形を見定めようと、ぼくは黙って視界を伏せた。と、彼女のグラスが空いているのに気付き、ぼくはテキーラを飲み干し、マッカランを注文した。マリは間をつなぐぼくに協調するように、同じものを、と店員に告げた。

「自覚はない?」

「わからないですけど、あとになってその人がおかしかったってなることはあります。そのときには、辛いは辛いんですけど、どこかで安心してるというか。ひどいことをされるたびに、そうだよね、私ってこうだよね、みたいな」

ぼくは再び押し黙った。今度は自身のうちにこみ上げてくる情動の正体を見極めるためだった。それは憤りであるには違いないのだが、それが愚かなマリに対するものなのか、マリに付け込み弄んだ男たちに対するものなのか、判然としなかった。マリの肉体を自分だけが手にできていない、そういうことへの苛立ちも含まれている気がした。

ぼくの沈黙を責めるように、マッカランが目の前に置かれた。マリはグラスの中身に無頓着なままそれを口に含み、咳込んだ。

「大丈夫ですか?すみません、強い酒だって言うべきでした」

顔を上げたマリは紅潮し目を潤ませていた。咳によって狂わされた血流が表出しているさまに、ぼくはその肉体が外に対して開かれているのを感じ、いま、この女の肉体を手にしなければならないという焦燥に駆られた。

「ごめんなさい、ちょっとびっくりして」

ぼくはウィスキーを口に含み、断たれた話の流れを辿り返そうととした。けれども酔いと焦れによって明確な筋道を辿ることができず、ただ男に弄ばれながらそれを是認するマリのイメージだけが、焼けついたように離れなかった。

ぼくはマリの過去の男について話を戻したが、その内容はほとんど頭に入っていなかった。ただ、アルコールによって焦点を狂わされていくマリの瞳を見ながら、物質に対してつぶさに反応を示すその肉体のことを思っていた。マリの表情には裏面がなくなり、純粋な肉をぼくは彼女のうちに感じることができた。

「顔、すごい赤い」

マリの話が休止したところで、ぼくははじめて気付いたようにそう言って、彼女の方に手を伸ばした。彼女は一瞬緊張したあと、抗いえないものを前にしたように目を閉じ顎を引いた。触れた頬にたしかな熱と、みずみずしい反発があった。その感触はぼくの外に実在するものへと通じる手掛かりであるように思われた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?