ぼくは世界からきらわれてしまいたい #21

場に戻るともはやTが肉体に取り込まれたみたいに、ぼくは意識せずとも直立することができるようになっていた。それはなにかあの、ぼくの外部からやってきて核に巣食った欲動と、大きく関係しているように思われた。ぼくではないものと、ぼくの内側のものとが、ひとつのものによって貫かれているという感じがした。

通りに屹立する電柱に、親近感を覚える。それはどこにでもある電柱であり、意味をあえて付与されることもなく、この街のエネルギーの循環を支えていた。ひとつの源から生じたエネルギーが、無数の同じものへと伝え渡されていくことを思い、ぼくはほとんど恍惚としていた。

ひとつのものが、無数の同じものへ……共通する通路が、やはりそこにあるのだ。ぼくは湧き上がる全能感に浮かされながら、雑然と街にあふれるを眺めまわした。それらは同じ記号として、同じ意味を浮かべ、インベーダーゲームの敵機よろしく、同じひとつの手法によって攻略されうるもののように見えた。

しかしはそれによって平板なものとはならず、向こう側へと到達しうる可能性が同時に、にある親しみやすい奥行きを映し出していた。同じ間隔で並ぶアパートの部屋、共用部の電灯やガスメーターの奥に、それぞれの個的な生活を想像するのと同じように、ぼくはたちの奥に隠れている、個的な習慣や特性、そういうものを愛おしく感じていた。

覆いを取られた生身の女とぼくとのうちで、織りなされるかもしれない諸々の行為と情感について思いを馳せる。それは雷に打たれるようであるかもしれないし、濡れた布に包まれるようであるかもしれない、あるいは雲に連れ去られるようであるかもしれない。それらの可能性が、ぼくを貫く欲動によっていかようにも叶えられる、そういう気がしてくる。

――童貞のような妄想をするじゃないか。それらはなにひとつ実在的な可能性じゃない

声が意図して呼び出されたものなのか、ぼくはよくわからなかった。

――しかしぼくのうちにはぼくを貫くエネルギーがあって、それは構造的にどのにも受容されうるはずじゃないか。無数のバリエーションのなかの結びつきは、たんに偶然性の強度によって決定されるにすぎないだろう

――きみは即物的すぎるのさ、実在するものへの畏敬を、取り戻さなきゃならない。きみが偶然性と呼んで軽んじているものへの畏敬をね

――それは結びつきを定める神のようなものかい?

――何と呼ぶかは自由さ、ともかくきみが、実現するもののはたらきについて勘違いしているのは確かだね

――「実現するもの」だなんて、曖昧に濁さないでくれよ

――ほら、たとえば、あれを見てごらん

周囲を圧する足取りで通りかかった中年の男が、隣について歩くの占有権を主張するように、そこに浅黒い手をかけていた。その手はぼくに巣食う欲動をまさに実現したことへの自負にみちて見えた。

同時には、指の力によって変形を被りながら、他のあらゆる手からの接触をかたく拒む表情を浮かべていた。ぼくははじめてそこに、記号としてのが伝える意味を明確に読みとった気がした。

禁止――ぼくの接触、それどころかまなざしに捉えることすら、それは禁じているのだ。ぼくとは別の位相に属する手出しできない存在であることを、告げているのだった。

ひとつのものが、無数の同じものへ……たしかに男の手のうちに生じているエネルギーは、ぼくと同じ構造に由来するものにちがいなかった。そのうちでなぜ、彼の欲動が実現し、ぼくはそこから排除されているのか……

その結合の法則は、たしかに物質とエネルギーからなる単純な法則とは質の違うものだった。その違いはぼくらを貫く欲動の側ではなくて、たちの存立する構造の側に由来をもつように思われた。

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