ぼくは世界からきらわれてしまいたい #32
※性的な描写を含みます※
マリは築年数の浅い女性専用マンションに住んでいた。エントランスのロックを外した彼女を追って、内部に入っていく自分の存在が、住民にとってなにか不穏なものであるという思いが生じ、それはぼくのうちの渦にとって糧となった。
並存の地平をのぞかせるために、他人の部屋ほど適切な場所はないと、ぼくはマリの部屋で気がついた。生活のかたちに配置されたもろもろの事物は、住む者の意識と疑いなく結びつき、フローリングや壁紙の、異物に対する拒みの表情は、まさしく人間の精神世界の不可侵性をあらわしていた。靴下をそこらに放り出したその瞬間、あるいはカーペットで指を拭ったその瞬間、あらゆる瞬間に並存の次元へと通じる亀裂が用意されていた。
いまや勢力を増した渦は至るところに解放への出口を見出すことができた。手始めにぼくはタバコに火をつけた。マリはこわばった意識をこちらに向けたが、すぐにぼくとの意識の衝突を避けるように目を背けた。
「灰皿ないの?」
マリは困惑しながら台所に向かい、小さな皿をぼくによこした。マリの指のふるえに、腹の底の熱源が反応し、ぼくはマリを虐げてきた男たちと無差別な、みずからの虐げる力を感じた。
「裸になってよ」
可能な限り歪めた笑みを浮かべてぼくは言った。マリは存在しない周囲の視線を気にするような素振りをみせながら、服を脱いでいった。家具との連絡を絶たれた肉体が、標本のように立っていた。白色の照明に、ぼくはマリの陰毛が濃いことに気付き、そこを注視した。
「マン毛濃すぎでしょ、ハサミどこ?」
引き出しからマリはそれを取り出して差し出した。ぼくはそれを受け取らず、キッチンバサミをよこすよう命じた。再び台所へ向かうマリをぼくはタバコをもみ消しながら待った。
戻ってきたマリを机に座らせ、脚を広げさせた。近づけた刃に、性器が身体ごと委縮するのを見た気がした。ぼくはその刃が肉を刻みうるものであることを思いだした。膣を広げると、血の色を溜めた肉壁が、内臓としての表面をありありと浮かべていた。
ぼくはそこに致命的な亀裂を生じさせることを考え、そこから血液が外部へと迸るのをイメージしようとした。しかしそのイメージは鮮明ではなく、靄をかける働きが頭の中に感じられた。刃と肉が並んでいるのに、肉が刻まれることがぼくのうちで全く現実的な可能性とならないことについて、ぼくは歯がゆい思いを抱いていた。
気を取り直し、∩の形に毛を刈ってみようと思いついたが、うまい具合に整えることができず、黒い扇面のような形になった。異様な形状の陰毛の下で性器は、事物としても肉体としても適切な表情を作ることができず、丸刈りの猿みたいに憐憫をさそう所在なさを漂わせていた。
「うける、写メ撮っとこ。ちゃんとこっち向いて、そう、よし」
亡霊が映り込んだようなマリの顔の下に、性器が生殖の穢れをじっとりと滲ませていた。
「じゃ、これじゃ勃たないから帰るわ。社長の息子さんにも見せてあげなよ」
床に散らばった陰毛を踏み荒らして玄関に向かう。マリは悲愴な色を浮かべることなく、解放される安堵に呆然と身をまかせているように見えた。
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