品川駅の広告「今日の仕事は、楽しみですか」は、施策として“失敗”していない

昨日、品川駅のコンコースが「ディストピア化」したことが話題を集めている。コンコース全面が、「今日の仕事は、楽しみですか」という謎の広告によってジャックされたのだ。憂鬱な気分で仕事に向かう人々に鞭打つようなキャッチコピーと、人々を洗脳するかのような執拗な表示に対し、SNSを中心に大きな批判が寄せられている。

広告を出したのはNewsPicksと、AlphaDriveという人材開発系の企業らしい。もちろん、メッセージとしては「仕事、みんな楽しめてないよね?楽しめるようにしたいよね?」ということになるだろうが、それにしたって人を追い込む広告である。人々を啓発する「クリエイティブ」な作り手の、上から目線も感じるようだ。

なぜコンサル系のコピーはズレるのか

これに限らず、経営や人事コンサル系のコピーは、しばしば上から目線な印象を与える。なぜこうも、コンサル系のコピーは人をイラッとさせるのだろう。

理由は明快である。「ターゲットが経営者だから」であり、そのサービスの性質上、「顧客へのベネフィットを具体的に明示できないから」だ。

当然広告なのだから、ターゲットへの訴求力がなければしょうがない。逆に言えば、ターゲットに訴求できれば、その他大勢のリアクションなど正直どうでもいいのである。結果として、経営者目線からの「ぼくがかんがえたさいきょうのろうどうしゃ」が前面に打ち出されることになる。すなわち、「やりがい」にドライブされた労働者である。

とはいえもちろん、経営者に対して「やりがい搾取しませんか?」などと直接訴えかけるわけにはいかない。やりがい搾取を潜在的に望んでいる経営者は多いが、彼らは自分が「やりがい搾取をしたい」と考えているとは自認していない。本当の気持ちに気づいていないのである。

「認めたくない欲望」を抱えている他者から、その欲望を引き出してやるには、やはり言葉でそいつを飾ってやり、肯定してやることが大切である。「労働者から搾取する」のではなく、「ビジネスパーソンに『やりがい』を与える」と言い換えてやれば、なんだかいいことをしているように思えるではないか。案の定、今回の広告のボディコピーの方を見ると、「やりがい」「情熱」「涙」「楽しめる仕事」といった言葉が並ぶ。

コンサル系のコピーやタグラインには、このようなレトリックが満ちあふれている。「搾取をいかに肯定するか」をめぐる工夫の数々は、もはや世界に誇るべき日本の国技である。この広告においては、日本企業の「古き慣習、悪しき伝統」が批判の対象となっているけれども、「具体性のないカタカナ語の多用によって搾取構造を隠蔽する」構図もまた、ある時期からこの国に蔓延るようになった「新たな悪習」と言えるだろう。

必要なのは影響力を示すこと

それでは今回の広告施策は失敗だったのか。そうではない。一介の労働者に何を言われようと、大した痛手にはならないのだ。経営層に対して、何かしらをアピールできたかどうかが問題なのである。

先に少し言及したように、コンサルティングというサービスはそのベネフィットを顧客に提示することが難しい。サービスと成果の因果関係を厳密に証明しえない以上、「売上2倍」といった具体的な数値を謳うわけにいかない。

ここから、コンサル系の広告においては「具体性」ではなく、「権威」が重視されることになる。直接効果を謳うのではなく、「社会的影響力」をアピールすることにより、信頼性を獲得するわけである。中身はフワッとしててもいい。フワッとしている方がいい。「これだけのことができる(=これだけ金がかけられる)」を知らしめることが重要なのだ。

今回の「品川駅ディストピア化」によって、広告主が世に知らしめたことは何だっただろう。彼らが自身のステートメントを、大々的に社会へと発信できる企業だということである。普通に、これは広告として成功しているのである。

労働者たちは刃向かわない

もちろん、この広告がひどい炎上を巻き起こし、撤回や謝罪に追い込まれたとするなら、施策の成功とは言えないだろう。けれども、その可能性は薄い。結局のところ、労働者たちは刃向かわないからである。

Twitter上に文句が並んでいても、実際に集団として抗議の声明を出す人たちはいないだろう。……これは政治的な領域の問題ではない。「労働者がいかに働くか」というのは、企業と個人との間の問題であって、それをどのように定義しようが、結局はその企業の自由である。……そのような共同幻想に、私たちが囚われているからである。

労働は、人間のさまざまな営みのなかの一つに過ぎない。そんなことは誰でも知っている。けれども、労働は、人間のさまざまな営みのありようを全面的に規定しうる営みである。この奇妙な包含関係が、「やりがい搾取」を成り立たせていると同時に、「搾取構造への反抗」を阻止している。

どういうことか。コンサル系クリエイティブが世にはばかっているのも、間違いなくこの捻れた関係に由来している。

……大風呂敷を広げておいて不甲斐ないが、今日中に書き切れる気がしないので、続きは明日にしたい。乞うご期待。

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