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ある夏の日に

遺書を書こうと心に決めて,実際に書き残していた時期があります.

それには,自分に何かがあったときに僕が「何者」であったのか,生前自分と関わりがあった人に少しでも伝わればいいなぐらいの気持ちともろもろの伝言みたいなことが書いてありました.

何で遺書なんて書こうと思ったのか.
その辺りも交えて書きたいと思います.
今からおよそ1年前のことです.

僕にとっては忘れられない出来事がありました.

自分には従姉妹がいました.
年下でしたがそんなことはあんまり関係なく,幼い時から1年に1回ぐらいは必ず会って遊んでいたような仲よしな存在でした.
こちらもあちらも兄弟がいてみんなで一緒に田植えしたりスマブラやマリオパーティをしたり,雪で遊んだり喧嘩したり紅白見たりガキ使見たり,ちょっと大人になってきた最近は,将来の夢をなんか話しあったり...
たくさんたくさん思い出があります.本当の妹のような存在でした.

彼女がもう少しで20歳になるある夏の日のことです.

僕は大切な友人と大島へ旅行に行っていました.
初日の朝,久々に会った友人とこれからどんな楽しいことが起こるんだろうと期待に胸を膨らませ,竹芝ターミナルのベンチでおしゃべりしているときに,父からLINEがきました.なんだ珍しいなぁと,父からLINEなんて来ることは滅多にないので,不思議に思いながらスマホに目をやりました.

「今朝,亡くなったそうです」

何にも意味がわからなかった.

彼女がちょっと前に白血病と闘っていたことは知っていたけれど,彼女はこの前会ったときには無事に一度治って家にいました.だからまたね!と元気な声でお別れしたし,彼女の新しい夢も僕は聞いてたし.夢があるなんていいじゃない!叶うといいね,なんて言ったら君は笑ってたなぁなんて.
僕も進路が内定していたので,4月からこんなことしてみたいっていうのがあるんだ.なんていつもの調子で適当なこと言っても,やっぱ都会の人は違うな〜とかふざけた調子で返事返してくれて.

なんでしょう.あぁ,やり場のない感情ってこんな感じなんだと,そんな感じでした.今思い返してみてもどんどんどんどん溢れてきます.
どこかに残さないと忘れてしまう.書きながら記憶が薄れていってしまっていることに怯えている自分もいます.

島から東京へ帰ってきて,すぐに夜行バスへ飛び乗りました.

早朝バス停へ迎えにきてくれた父と何を話したか.
彼女の遺体と対面したとき,叔父さん叔母さん,従兄弟や祖父,祖母,たくさんの親戚に会って話しながら何を思ったか.

正直なところ今も思い返すのがしんどいです.
自分にはどうにもできないネガティブで心臓のあたりを引き裂かれるような感情の波をずっと浴びた時間,それでいてまだ未来が残っている人間たちによって生み出された不思議とポジティブで,ネガティブな感情や空気を我々が今産んではいけないみたいなのを感じる空間.
精神的に未熟な自分には100%受け止められませんでした.
いつもの自分と同じように周りの様子をみながら間違いを犯さないよう絶対に踏み越えてはいけないラインを探って会話をしていました.

なんだろう,言葉にすると正しく表現できていないのだけど明らかに感情の塊みたいなのが自分の中で生まれていることがわかって,でもそれがなんなのか,言葉にしてしまったらなんだか違うものにすり替わってしまうような気がして,言葉にできなくて.
あぁ,なんて僕は子供なんだろうと.

そして未熟な自分なりに自分がどんな人生を送ってきたのか,まだ生きていることがどれだけ幸せなことなのかを痛感しました.

帰る前日の夜,彼女の遺品の携帯を家族とみながらメモとか入っていないかなぁ,でもパスワード知らないから開けられないなぁ.と会話をしました.

そこで僕は,ああそうか,自分がもし今死んだら,周りの人は僕がどんな人間だったのか,思い出の中で生きる自分でしか知ることはできないのか,それはなんだか自分にとっては寂しくて,誤解されたくないから周りの人に伝えたいこと,つまり死んでから1回ぐらいはコミュニケーション(こっちから一方的だが)みたいなのが取れればいいのかな.なんて考えました.
だから遺書を残そうと,少しずつ書いていました.書いていた内容は主に,

1.自分が死ぬことについて考えていて,覚悟していること
2.自分が大切だと思っている人に対してメッセージ
3.遺品などこうして欲しいなどのメッセージ
4.使っているサービスなどのパスワード,最後の言葉

でした.
たまに内容を更新しながら最悪のことも考え携帯のパスワードなんかも親しい人に漏らしながら生きていました.

しかし最近,自分がしていた遺書を残すという行為に対してなんか違うよなぁ変な感じがするよなぁと思いモヤモヤしていました.

違和感の原因は自分でもはっきりとはわかっていません.
ただなんとなく,まだ生きていていろいろと伝えられる手段があるのに,その努力もせずにまるで遺書をセーブデータのように扱っていることがおかしいなと感じました.
(もちろんそのように書く方もいらっしゃるのかもしれませんが,自分的には腹落ちしませんでした.)

まだ自分はこの世にいるのだから,この世にいるうちに自分がどんなことを考えているのかだとか,それこそ今伝えたいことは恐れず自分の外側に発信し,表現するべきじゃないのか,だとか.死んだ後自分が放った過去の言葉について曲解されるリスクなんかもあるんだったら,今反論とか反応を恐れて投げないでいることはなんだか無責任で逃げだと感じたというか.もっと会う努力をしろよというか.(完全に話がずれますが,会う努力が暴走して,相手が会いたくないと自分に対して思っているかもしれないのにそこで自分が会いたいから会おうとグイグイするのに怖くなって本気でSNSが嫌いになっていた時期を思い出しました.その辺りもきちんと整理して書ければ書きたいですね)

まだ生きていていろんなことを考えられてできることなんかもたくさんあるのに,やれることがあるのにやらずに死んだ後の事ばかり考えている自分に情けなくなったというか.

まぁ,これも何でだろうと考えたのですが,おそらく身近な人を失った事で,よりを身近に感じてしまったのだろうと思います.
その恐怖感から死を迎える準備で頭が一杯になってしまったのでしょう.

なんだろう,死んでもいないのに周りの人に気を使うじゃないけど,これからはもう少し自分中心に生きてみようかなと思います.

自分が何かを考えていたり,感銘を受けたことなどを発信する手段として,これまでのSNSに加えてブログで少し長く文章を書いてみようと思います.
自分と向き合う時間を少しでも増やし,表現の幅を広げられたらと思っています.

長くなりましたが,ブログ第1弾ということで数週間ぐらい,なんで自分はブログを書きたいんだろうということについて考え,書いてみました.
ここまで読んでいただきありがとうございます.
放置することなくたまに更新できたらなと考えています.

また今年も夏がきます.
コロナのおかげで人に直接会う機会なんかがめっきり減っていて,今まで生きてきた夏とはなんだか一味違う夏になりそうです.

どうかみなさん,お元気で.
友人のみなさん,自分なんかに会いたくなったときには,ぜひいつでも連絡ください.冷たいビールで乾杯しましょう!

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