ダンボールアーティスト大野萌菜美さんは、モノゴトがかかえる「ダメダメな」部分を愛でる。【よなよなビアファンド】
笑顔を生み出す多様性人材“よなよな人(びと)”へビールで投資するプログラム「よなよなビアファンド」。様々な分野で活躍する人をよなよなエールで支援するこの取り組みのキャッチコピーは「出る杭に心打たれる」です。
...そう、よなよな人の共通項は心を奪われるほどに突出していること。自分の興味を探求する「知性」と、それに情熱を傾ける「偏愛」とを併せ持つ、愛すべき変わり者です。
今回お話をお聞きするのは、この度「よなよなビアファンド」の仲間に加わってくださることになったダンボールアーティストの大野萌菜美さん。自ら愛して止まないという戦車に始まって、スタジオ・ジブリ作品『ハウルの動く城』の“城”、NIKEのエアジョーダンなど、細部まで緻密につくり込み、ため息が出てしまうほどの完成度で仕上げてしまう大野さん。時おりダンボールが嫌いになりながらも日々ダンボールと向き合い続け、「分厚くて頑丈な箱なのに、水に濡れるとたちまちふやけてダメになる」ダンボールがやっぱり好き。そんな具合にモノゴトのギャップに萌えつつ、生き生きとした造形を(ダンボールだけで!)生み出す、知性と偏愛に満ちた大野さんの世界を旅してみましょう!
<聞き手=ライス、ヤッホーブルーイング・よなよなビアファンドスタッフ>
つくりたい!けど今はムリ…。そんな題材もある。
▼まずは現状を把握させてください。ダンボールアーティストとして活動を始めてから何年になりますか?
2022年の夏から12年目が始まっています。とにかく飽き性なのでこんなに続くとは思っていませんでした。今までつくった作品数はだいたい200前後ぐらい……だと思います。あまり覚えていないものもあるので、見れば思い出す…というような作品もあります。
▼最近はどんな題材に興味がありますか?
全部私が好きなものを題材にしているので、その時々で「あ!これつくりたい!」と感じたものをつくっている感じです。でも、なんとなく年間の制作スケジュールのようなものは考えてはいて、毎年2つぐらいは大物作品をつくれるように目標は立てていますね。ひとつは「乗り物」で戦車とか車とか精密なもの。もうひとつは「キャラクターもの」。でも、大体は制作に入る前のノリが決め手だったりします。
つくりたいけど無理だなぁという題材もありますねえ。軍艦島とか、ブリューゲルの「バベルの塔」とか、チャレンジしたいなぁと思ってリストには入っているんですけど、ちょっとまだ気持ちが……。「バベルの塔」は、全体像がわかりにくいという点は確かにあります。あと、細かさをどこまで再現できるのか? というのもあります。人間が手前に描かれているのですが、もともと私は人間が得意ではないというか、人間のフォルムをたくさんつくるのはまだ難しいかなぁと。まだ気分が乗り切れていないのでチャレンジしていないです。人間がすごい難しくて…。
人間(の造形)がいちばん難しい
人がもっとも多く見ているものって「人間の顔」だと思うんです。だから、人間の顔の中でどこか一部でもバランスが崩れたりすると、人間に見えなくなると考えているんです。なので、私はCGの人間を見たりしても違和感を感じちゃうんですよね。そもそも私が人間を捉え切れているか?というとそこまでではないと思いますし、ダンボールで人間を再現するのはまだチャレンジにも及ばないと思うんです。いずれはちょっとつくってみたいなぁという思いはあるんですけど、なかなか人間のかたちをダンボールで…というのは手を出せない…。
アニメのキャラクターも何度もつくりたいと思っています。たとえば「キングダム」「かぐや様は告らせたい」「SPY×FAMILY」などなど、アニメは常に幅広めに観ています。本当は「キングダム」で一個つくってみたいんですが、象徴的な部分というのが人間ドラマだったりするので、どのシーンを切り取ろうか? とか考えると、ダンボールでの再現というのはまだ程遠いんですよね。
いつもだいたい5つくらいの選択肢を設けて、その中から選んで制作に入るのですが、常に次回つくりたいリストにはアニメのキャラクターが入っています。でも、アニメキャラは熱いファンの方がいらっしゃるので、そんな方々から見ると「これは違う!」というようなものになってしまうかもしれないなぁと。なんか深いし、怖いんですよね。戦車でも戦車ファンの方々からのご指摘をいただきますしね。なので、今まではアニメキャラを避けてきた感も否めないんです。でも逆にSNSとかで褒めていただけるのはすごい嬉しいですし、それが活力になって次にもつくろうという気持ちになりますし。そういうのだけは嬉しくて。最近ずっと丸みを表現する練習をしてきたので、そろそろアニメキャラにチャレンジしてもいいかなぁ。
戦車はダメエピソードが潤沢。だから愛おしい。
▼造形物をゼロからデザインしたいという欲求は生まれますか?
チャレンジしたこともあります。たとえばロボットの腕とかを自分で想像してつくってみたりしたこともあるんですけど、やっぱりピンと来ないというか、つくったけれど愛し切れていないみたいなのがあって。いずれは自分の考えた造形をつくったりしたいと思いますけど、何をつくればピンと来るのかが思い浮かばないし、あまり好きじゃないなぁというのもあるので、いずれやってくる未来のために、今はデッサン力を上げておこうかなぁというか力をつけておこうという思いのほうが強いので、今はすでにあるモチーフを題材にしています。
たとえば、今でも変わらず戦車は好きで「戦車いいなぁ」といつも感じています。一番好きな戦車は、ドイツの「ティーガー」という戦車です。ほんとにフツーの返答になってしまって恐縮なんですけど。一番最初に「これこそ戦車だ!」と思った車輌で、一番最初につくったのもこの戦車です。あまり同じものを何台もつくったりはしないのですが「ティーガー」だけは3回つくりました。デザインだけでの判断ということになるとドイツの戦車が秀でていると思うんです、やっぱり。
一方で、イタリアの戦車は主砲を使うたびに煙が車内に充満するものなどもあって、全体的に弱い(笑)。愛すべき対象ですね。そもそも、戦車ってあんまり強くないんですよね。あんなに鉄板ガチガチに固められて、砲弾をかわすために絶妙な傾斜とかも付けられているのに、地雷などで下からドンって来られちゃうと簡単にひっくり返っちゃう。ものすごく厳つくつくられているのに弱い部分は圧倒的に弱い。そんな“意外と弱い鉄の箱”という側面がすごく可愛くて。戦車というカタチもすごく好きなんですけど、戦車が走っただけで橋が落ちちゃう…みたいなダメダメエピソードがすごく愛おしい。キャラクターとして可愛いんです。
褒められた嬉しさが“ガソリン”に。
▼なぜダンボールを使い続けるのでしょう?
ダンボールも実は弱い。大事なモノを保護するための箱ですごく頑丈なくせに、水に濡れただけでダメになってしまうところがはかなくて可愛いですし。もちろんダンボールが嫌になることは多々あります。一個つくるのに時間がかかる。大きいものだと3ヶ月はかかるので、その間に「なんでやってるんだろうなぁ」と必ず1度は思いますね(笑) でも、ダンボールでつくったときが一番先生に褒めてもらえた。それが嬉しかったので、いまだに続けている感じなのかもなぁ。ダンボールは3枚の厚みが重なった素材なので、カッターで扱いにくいんです。なので、子どもの頃はあまり好きではない素材でした。でも、大学生のときにたまたまAmazonのダンボールを使ったことがあったんです。あのダンボールはちょっと薄くて3mmの厚みなんです。意外とハサミで切れたりとかして扱いやすかった。それからはずっと3mmのダンボールと決めて使い続けています。
いつも心がけていることがあって、それは影をつけることなんです。そこは気をつけています。ダンボールは板状。平面なので、細かなパーツを盛ることで複雑な影をつけ、立体感とか“生きてる感”を出したいというか、平面から別のものに変えられないかな? というのは意識してやっています。一時期はダンボールに着色をしてみようと思った時期もあったんですが、なんかやっぱりペイントしちゃうとダンボールでつくった意味がなくなってしまうというか。なので、素材本来の質感だけでどこまで表現できるか? ということに集中しています。
一番最初にダンボールでつくったのはバイクですね。スーパーカブが好きだったので。でもその初作は車輪とハンドルが付いていて、なんとなくスーパーカブっぽいフェンダーがかろうじてある、みたいな単純なものでした。小学生の頃からスーパーカブが好きだったんですよ。エンジンの音がまろやかで可愛いとか、カタチがずっと変わらないとか。あと、もともと排気ガスの匂いがあまり好きではないのですが、なぜかスーパーカブの排気ガスの匂いだけはイケるなぁ、と(笑) 実物にも乗ってました。
設計図? 描きません。
▼立体物のサイズ感をどのように認識しているのですか?
だいぶ「なんとなく」です。戦車や自動車をつくるときには縮尺は意識しようとして、なんとかできるのですが、アニメのキャラクターやロボットなどはそれができないので、目見当です(笑) カッターマットに付いている目盛りに当ててみて「まぁだいたいこのくらいかなぁ」みたいな感じで。
たとえば『ハウルの動く城』の「城」。平面描写を立体化するのは結構大変でした。アニメの本には制作したい対象がいろんな角度から描かれているので、それを観察したりとか。実際におもちゃやプラモデルになっているものがあれば、それを見に行ったりとか。もし誰かがすでに立体にしているのであれば、その人は平面をどのように解釈して立体にしたのか?とか。つくる前に結構調べてから制作に取り掛かります。
『天空の城ラピュタ』の「ロボット兵」なんかも、本物と見比べたら全然違うものになっているんですよ。本物をたまに見に行ったりしますげど、頭と身体の比率なんかも全然違いますし、手の指先などもアニメや漫画ではあまり登場しないし、背中の肩甲骨のあたりに至っては一切登場しないので、ほぼ空想でつくりました。立体物を見た人が、ご自身の脳内で本物感を醸成してくださるので、本物っぽく見えるんだと思います。でも実際は本物とは違うんです、ぜんぜん。
設計図は描かずにやってます。大学生の頃は設計図があったほうがかっこいいと思ったりもしていたので、ラフスケッチを描いたり設計図をつくったりしていたんですが、私自身の設計図を描く能力がそんなに高くないということもあって、ダンボールの厚みを計算して設計しても、なぜか徐々にズレていくんですよ(笑) …だったらもう設計図は描かなくてもいいかなと思ってしまって。戦車は詳しい四面図があって、プラモデルになっているものも多いので、四面図でわかりにくいときにはプラモデルをつくって観察したり気持ちを高めてみたり。『ガールズ&パンツァー』というアニメがあるんですが、戦車の動きを3DCGで表現した作品なんですよ。これを参考にできるようになってからだいぶつくりやすくなりました。あ、息抜きというか休憩でプラモデルをつくったり、レザークラフトしてみたりもしますね。
アニメ鑑賞にはビール!
▼ビールはお好きですか?
もう大好きで、特にビールはほんとに毎日飲むくらい好きです。少し前に鍼灸の国家試験を受けたんですが、試験前に体調を調えなきゃ…ということで半年ぐらい飲まなかった時期があって、それをきっかけに毎日飲む習慣はなくなったんですが、でも週に1〜2回は夜にYouTubeやアニメを観ながらひとりでビールを楽しむ、という感じで。「水曜日のネコ」とかは好きでよく飲みます。
▼今後、よなよなエール(よなよなビアファンド)と一緒に取り組んでみたいことなどあれば教えてください。
あまり苦しいことはしたくないので、楽しくできることがいいですね。ダンボール作品を眺めながらビールをみんなで飲むとか? やはり現物を生で観ながら質感も味わって欲しいので、ビール飲みながらの展示会はいいかもしれませんね。とにかく楽しいこと、面白いことをしたいです。
ご自身のことを「飽き性で、なんでもすぐに飽きる」と評価する大野さんですが、お話を聞けば聞くほどまったく逆のイメージ。好きなモノゴトに対する集中力が飛び抜けてすごいのかも。
深みのあるギャップ萌え
戦車、スーパーカブ、そしてダンボール。一見すると強そうだけどどこかが極端にダメだったり、屈強なのにまろやかな一面を持っていたり、モノを保護するための箱なのに水には極端に弱かったり。大野さんの偏愛っぷりを単純に言葉にすると「ギャップ萌え」の一種。でも、大野さんの場合は少し違う。なんというかモノゴトが抱える不条理な一面を思わず愛でてしまう。そんな類の、深みのあるギャップ萌えなのです。そんな大野さんがつくるからこそ、ダンボールの造形物は今にも動きそうな生き生きとした表情を見せるのでしょう。
「よなよなビアファンド」では、これからも新しい“よなよな人”の発掘や、“よなよな人”への支援を行っていきます。これからの「よなよなビアファンド」も、お楽しみに!
(おわり)
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