見出し画像

真鶴町に行ってきた

今年のG .W .は真鶴町に日帰りで行ってきた。そこで一冊の本と出会った話をしたい。

妻が川上弘美の『真鶴』を読んで以来、いつか行ってみたいと言っていた町。予備知識はほぼ皆無。事前にGoogle Mapで調べると何故か小規模な本屋が多い。美容室と兼業だったり、宿泊もできたり、珈琲と古本の店だったり。

1軒目。「Kenny Pizza」着いたら絶対すぐに駅前のここには行こうと決めていた。Kenny Pizzaは元々和食の食堂だった店舗を改装してピザ屋を営んでいる。その新旧ミックスの塩梅がちょうど良い。既存の設備を残しつつ、サイボーグのように一部にハイテクな自動注文機械が置いてあって、その混ざらなさがサイバーパンク的で良い。港町なのでしらすや干物が乗っているピザ多数。美味い。

カウンターには一箱本棚が置いてあり、雑誌の真鶴特集に混じってテイストの違う本が一冊。その名も『真鶴町まちづくり条例 美の基準 Design Code』


ピザ屋に似つかわしくない本。ポテトを食べながら、違和感とともに開く。
「海と触れる場所」というタイトルのページには、上半分に熱海の「ホテルニューアカオ」の写真が載っており、そこにはこう書かれている。「このように海辺を独占しないようにする」熱海Dis??

ページの下半分には、そういった建物のない入江の写真に「たくさんの子供達が慈愛を受けている」ものすごく偏った物の見方⁇
たまたま開いたページが「こんなまちづくりはダメだ」「こんなまちづくりが最高」という価値観によって書かれた強烈なページだったので、面白くてピザ片手に読みふけってしまった。とにかく熱い。真鶴町には、高層のリゾートホテルや、マンション、賑やかな施設はいらない!とはっきり価値観を示している。それが建物の仕様の細部の説明に至るまで完徹している。
街に集まってきている人や店は、この美の基準に魅せられて集まってきている。美の基準は一般のまちづくり条例と全く異なる体系を持っている。美に関する大項目が8個あって、戸建て住宅を建てるのにも、そのうち6個を満たさなければ許可がおりない。そもそも、この基準は、「高さ○m以下」とかの数値で表現される規制基準ではなく、文学的表現で記述される基準なのだ。
わかりにくいので全文引用する。

「1.私たちは場所を尊重することにより
その歴史、文化、風土を町や建築の各部に
2.格付けし、それら各部の
3.尺度のつながりを持って、
青い海、輝く森、といった自然、美しい建物の部分の共演による
4.調和の創造を図る。
それらは、
真鶴町の大地、生活が生み出す
5.材料に育まれ
6.装飾と芸術といった、人々に深い慈愛や楽しみをもたらす
真鶴町独自の質を持つものたちに支えられ
町共通の誇りとして
7.コミュニティを守り育てるための権利、義務、自由を活きづかせる
これらの全体は真鶴町の人々、町並、自然の美しい
8.眺めに包摂されるであろう。」
散文ですよ。建築基準なのに。すごい。どうやったらこの本買えるんだろうか。持って帰って、地元の街づくりをやっている人たちに見せたい。

2軒目。「本と美容室 真鶴店」
Google mapが示す経路がどうもおかしい。大通りから一本入るのだが、これは公道なのかなと思うような道を示してくる。民家を突っ切るような様子なので、大回りして逆の方から道を探して細い細い路地を何度も曲がってたどり着く。
坂の途中に立つ古い民家を改修した建物に、美容室と珈琲店がある。珈琲を注文し、奥にあるという本屋スペースに案内される。母屋である美容室スペースと新設された本屋スペースは通路で繋がっている。本屋は、8角形のドーム型をしており、本棚と座席が壁に沿って交互に配置されている。不思議だけどちょっと落ち着く空間。「真鶴店」とあることからも分かるように、チェーン店の第2店目。1号店は三崎にある。
経営する会社が再建築不可の古い民家を借りて、一部を増築するなどして、本屋兼美容室の店舗を各地に作り始めているのだそうだ。出版業に携わられている代表が自ら編集を手がけた本とともに、それ以外の部分の選書は、長野県松本市「栞日」さんが選書されている。

ここで京都で住民自治に関する活動を続けておられる井﨑敦子さんの「NEKKO issue 2 / 自治 じじむさいか。」を購入。自宅の本棚を開放するこども文庫という動きがかつてあったという記事が面白かった。

3軒目。「真鶴出版」
13時オープン。入り口のドアの隣がガラス張りになっていて、店の中がよく見える。中にいる方に会釈して入る。
そこで見つけた。山積みになった『真鶴町まちづくり条例 美の基準 Design Code』
これが買えるのか。説明してくださる話を遮って、思わず声が出てしまう。
登戸という街で、小田急線の複々線化に伴い、再開発が最終段階を迎えていること、そこに集う人たちが、ハード・ソフト両面から街づくりに熱心に関わっていること、自分はその中で、「住民本屋」という路上古本屋をやっていること、「ノートリボ」というZINEを作っていること。その中で、とても文學的、かつパンクな反骨精神に溢れた「価値観」を提示する「美の条例」に魅力を感じて友人に見せたいと思ったこと。でも、土日は真鶴町役場が閉まっていて買えないかと思ったこと等。。何度も「熱い」と話してしまった。
真鶴出版の川口さんは、ご夫婦でこの街にやってこられ、ホテルと出版、書店を兼ねたこの店を営んでいるという。お話をしてくださったのは奥様だった。
だからこそ、この街の景観や全てを作る基礎になっている「美の基準」について反応する自分には共感してくださり、そこからまた熱心に条例の作られた背景や、中心人物たちの逸話を聞かせてくれた。
「美の基準」は当時、熱海・湯河原から押し寄せてきたリゾートホテル・リゾートマンションの開発の波に対して、防波堤とするべく弁護士・一級建築士の4人の男性が中心となって、起草されたものである。
中でも、弁護士である五十嵐敬喜は、日本の景観訴訟において「日照権」を生み出した人物だ。真鶴出版では、真鶴町を開設した案内読本「真鶴手帳」を編集・出版している。その中に、この4人の男たちのインタビューが載っている。が、残念ながらまだこの本は一般に流通させていないという。是非出版してほしい。
真鶴出版では、宿泊した人にサービスとして2時間の街案内ツアーを開催している。これもいつかぜひ泊まってその解説を受けたい。。。

4軒目。髙橋水産。港に面した干物店。3代目ひもの仙人を名乗る髙橋氏が年中無休で営む。美味い。仙人は伊達じゃない。甘塩で、季節によって変わる魚のコンディションに合わせて、塩の量や天日干しの度合いを変えているそうだ。
干した後は一旦冷凍し、熟成させ、購入者は自宅に戻って、解凍して焼く。美味いんだこれが。ハマった。リピート確定。

開発を免れた土地なので、東海道線の真鶴駅を降りてから、公共交通機関は1時間に一本の路線バスかタクシーのみ。坂も多く、歩くのは大変だけど、「美の基準」に則って建てられた建物や路地、街並みを散策するのがこの街の正しい楽しみ方だと思う。
突端まで歩くには片道1時間くらいはかかるかもしれないけど、皇室「御料林」だった「お林」にもまだ行けていないし、1回やそこらじゃ真鶴の魅力は味わい尽くせない。東京からでも東海道線で、1時間半。我が川崎からも小田急線→東海道線で2時間。日帰り旅行にちょうど良い。穏やかで素朴な街には開発から免れた立派な歴史がありました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?