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「クルイサキ」#15
死神 7
二人は抱き合い、唇を触れ合わせた。
その場から逃げ出したい衝動を必死で堪え、抱擁する二人の姿を目に焼きつけた。意思を鈍らせないようにと、殺意を印象づける。
さきほど、他の人間に憑依をした。その人間は鋭利な刃物を持っており、標的を殺害するのに適していた。心がかなりぐらついていて、憑依するのに造作なかった。捨てたみすぼらしい恰好をした人間を見下ろしたとき、自分の役目が強固していく感覚がした。
やがて二人は離れた。彼らが抱き合っているあいだはとても長い時間に思えた。
お互い照れた表情で顔を見合わせている。近づいている奇禍のことなど知らず、幸福の時間に浸っているのだろう。
沸き立ってきた感情が、体を巡り、発散を求めている。それは視線になって変わり、恍惚した表情をする標的にぶつけた。
相手は悋気が含まれた視線に気づいてはいない。向かい合う喜びの対象に身を任せたままで、周囲の様子など気にも留めていない。二人だけの世界を創世して、神聖な儀式をしている最中のように、雑音を疎外している。
窮屈な呼吸のせいで胸が苦しくなった。震える体を立たせているのがやっとで、落ち着きを取り戻す余裕もなかった。
死神の責務が圧し掛かる。芽生えた動機をさらに高めていく。
降臨した使命感は肩に圧しかかり、全身に汗をかかせた。湿ったシャツが鬱陶しく体に纏わりつき、居心地が悪い。
二人は手を振り合って、それぞれ違う道を歩き出していった。近い将来を約束し合い、前途洋々とした晴れやかな表情をお互い浮かべている。
あとを追った。歩く速度を標的に合わせ、一定の距離を保つ。堪えきれない怒りを抑えるために呼吸を落ち着かせた。意識して息を吸い、ゆっくりとそれを吐き出す。何度かそれを繰り返すと、自分が神のように思えてきた。達観した場所で標的の行動を監視している気分になり、どんな困難と思える所業もすべてうまくいくような自信が自然とみなぎってくる。
これから起きることのすべてが映像になって予見できた。
標的は路地裏に入っていった。ビルの間の道は太陽の光が遮られて、影に支配されていた。
罠にはめられたように、周囲が暗いなかで、標的は浮いていた。周りに人の気配はなく、光も届いていない。標的には信じられるものがなくなった。
標的に向かって走り出した。一気に距離を詰める。言葉にならない叫びを発していた。
猛獣のような慟哭だった。光と闇の世界の狭間で生きる危うさを神に訴えるように、差別された者の怒りを声に乗せた。光が当てる者の妬みが、狂気となった。
相手は目を見開き、理解する時間もなかったのだろう抵抗を見せなかった。
標的に殺意を込めた。鮮血が視界を赤く染め、標的はその場に平伏していく。任務は遂行された。
さくら 8
彼女は晴れ渡った空に自分の心を照らし合わせていた。
天空から心まで澄明に輝いていて、神の御召しぼしのようなスポットが当てられている、そんな気分を抱いた。
今日の空は限りなく完成に近いのではないか。
新しい青色が空いっぱいに滲んでいる。天が透けて見えるような青だ。見上げても果てのない空によく馴染み、無制限の空の存在がこんなにも近くに感じる。
この空をさくらは、命のつづく限り忘れることはないだろう。
足が自然に動く。地面に音符が忍ばせられているかのように、踏むたびに足が弾いて、それは軽やかにリズムを刻む。十年後の約束の日が思っていたよりも早く訪れる予感で心が満たされ、体が勝手に踊り出す。
運命ってすばらしいと、空に向かって何度も感謝せずにいられなかった。
彼女には十年後の未来が明るく輝いてみえた。彼との口づけで今日からその約束の日まで彼を意識して生きていける。そしてその日までの日々が、きっと彼女自身を磨いていくのだろう。そう信じられるほどにその行為は彼女にとって意味深いものであった。
約束の日に胸を張って堂々と彼と再会できるように、彼女はそれまでの日々を懸命に生きていくことを、この空に誓った。
二章へつづく
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