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EBM(根拠に基づく医療)のサプライチェーンを考える③

前回は、サプライチェーンやTOCについて簡単に学んでいきました。今回はEBMの各ステップを掘り下げて考えていければと思っています。

EBMの障壁要因

EBMのボトルネックとなりやすい部分についてまずは障壁要因について考えていければと思います。EBMの障壁要因としては、医師に対してのインタビュー調査では主に3つの要素が報告されています。*11
1つ目としては、エビデンスの検索や患者への適用方法に関する知識やスキルの不足が挙げられています。
2つ目としては、民間診療所や公的医療機関では、EBMに対する組織的なサポートが不足していることが多く、EBMの実践は個々の医師の判断に委ねられています。しかし、多忙な業務や時間的制約から、EBMを実践することが難しいと感じる医師が多く、職場でのEBM文化の欠如が挙げられております。
最後の3つ目としては、エビデンスの厳格な適用は、個別化された患者ケアを損なうことが懸念され、EBMは臨床経験の重要性を過小評価している認識があるようで、これは、ステップ4である臨床への適用の誤解が挙げられそうです。
また、EBMスタイルで学ぶことについて調べている研究では、臨床文献を読めていない要因として、時間の不足、言語の問題、読み方のスキル不足などが挙げられておりました。*12
総合すると、知識面、時間面、環境面あたりが主に障壁になりやすい部分かなと思いました。

これらの障壁を緩和するためには、各ステップでの知識面のサポートによるコスト低下、リードタイム(時間面)の減少が解決策としては挙げられそうです。

では、各ステップごとに掘り下げていこうかと思います。

step 1:疑問・問題の定式化

前述のEBMスタイルで学ぶことについて調べている研究では、臨床文献を読む必要があるという人は81.1%である一方で、読む習慣がない人は85.5%でありました。*12 この数値を意訳すると6割近い人が、読みたいけど読めておらず、入り口(ステップ1-2)付近でつまづいている可能性が考えられます。
ステップ1は臨床で生じた疑問・問題をPICOの形式に整形していくことです。ボトルネックとなる場合というのは、調達してきた疑問や問題をPICOに定式化できずに不良在庫化してしまっていることかもしれません。その理由としては、疑問や問題があってもどうせ答えがないと思っているかもしれないですし、時間がなく後回しになりそのままなのかもしれません。
ボトルネックとなっている理由はいくつかあると思いますが、臨床上の疑問や問題が不良在庫化する前に、ストックしておける場があるといいのかなと思いました。芽生えた荒削りの疑問や問題を気軽に共有できる場所、そのような場があることで、疑問の定式化を代わりにしてくれる、もしくは、こういうケースなら自分は経験したことがあると、類似したユースケースに加工した定式化を提案してくれる、そのような支援が必要なのかなと思いました。DI室の様なものかもしれません。
実際、僕の経験談でもその様な場をオンライン上に作ることで、質問や相談などがきますので選択肢が増えていったり、現状のシステムにバンドルしていける様になると知識面・時間面のサポートにつながっていくのかと思います。

step 2:情報収集

ステップ2の情報収集に関しては、基本的には、ベターな情報を探すことであり、理想的にはRCTなどの一次情報を見つけることでしょう。ステップ2内の工程とすると、二次情報を活用し、一次情報を見つけていくという流れかと思っています。
厳密には違う部分があるかと思いますが、二次情報の活用には個人的に以下の様な形があるかなと考えています。

UpToDate、DynaMed:有料、英語であるが多分野が網羅されている
各システマティックレビュー:特定のPICOセットに対するインデックス集
領域別データベース:EBM Library(循環器,糖尿病,抗血栓療法)、各種臨床ガイドラインなど
エビデンスを日々チェックしている医療従事者のSNS、ブログ:個々のフィルターバブルはあり

ただ、二次情報を活用できる方というのは、そもそも日常的に情報検索がある程度できているという側面もあるかと思います。そのため、ステップ2をボトルネックとしている様な方々にとって、二次情報の活用法やそのサポートツールがあったところでコスト削減につながるかどうかは疑問です。
二次情報活用のための必要なスキルとして、二次情報媒体をどれだけ知っているかや、Googleなどを駆使して調べる場合でも、調べたいこと+〇〇の〇〇の部分であるRCTなどのワードをどれだけ知っているかのスキル面も必要となってくるかと思います。
このスキル面を補える解決策の一つとしては、自然言語型の検索エンジンが挙げられるかと思います。

上記のサイトのように、perplexity AIを活用していくことで、まずは、疑問や問題が荒削り、定式化できていない様な場合でも、二次情報や一次情報の候補が出てくるかと思います。ステップ1や2の知識面でつまづいている方にとって、ふとした疑問や問題をそのまま打ち込むだけで複数選択肢を提示してくれる検索ツールというのはステップ2のコストを下げる役割を果たせる可能性があるかと思います。
また、二次情報の活用に関しては、一次情報へ辿り着くための時間面の削減効果を期待する部分もあるでしょう。その様な場合でも、代用できるものとしては、種々生成AIツールの活用が挙げられると思います。以下にまとめられておりましたので、自分の使いやすいものをいくつか知っておけると時間削減にもつながりそうです。

step 3:批判的吟味

ステップ3の批判的吟味は、情報収集した情報の内的妥当性の評価や外的妥当性における限界を整理しておくことかと思っています。
内的妥当性の評価に関しての知識面のサポートとしましては、簡易的なチェックツールの活用が一般的でしょう。*13 また、時間削減の場合には、こちらも今までと同様にChatGPTなどの生成AIを活用していくのが望ましいかと思います。

他には多人数で共有したい場合には、NotebookLMなども選択肢として上がってくるかと思います。

こちらは、プロンプトなどこだわらなくても、内的妥当性の評価方法や外的妥当性の整理についての出力形式を、ドライブ上のドキュメントを参照しアウトプットできるため、チーム内でドライブ上にフォルダを作成しておけば、自分たちなりの二次情報データベースが作れることも可能と思います。
また、参照箇所も辿れる様に明示してくれていますので、共有したい時や深掘りたい時にも再現性が担保でき便利かと思います。

step 4:臨床への適用

ステップ4の臨床への適用は、エビデンスをどう適用していくかということになり、基本的には、4つの要素である、周囲の環境である外部要素、今まで調べてきたエビデンスである科学的要素、患者の好みや性格などの個人要素、臨床経験などの医療者要素を検討した上で適用していくということかという理解です。*14 調べてきたエビデンスと目の前の患者さんのギャップをどう埋めるか、そこに残りの3要素を踏まえて多様な視点から考察していくことになります。
正直いい解決方法を僕では思いつくことができなかったのですが、今までと同様に生成AIで代用できる部分もあるかとは思います。仮想患者、仮想医療者など設定した上で、4つの要素をブレストし、臨床の適用案をいくつか出してもらうことは可能だと思います。ただ、都度、各要素の属性のチューニングが必要となり、それを省いたモデルにすると、想像の域を出ないレベル感のものになってしまう可能性も大いにあるかという印象です。
僕は、ステップ4は、セレンディピティをどれだけ担保できるか、が大事かと思っています。
AHEADMAPの論文抄読会では、ステップ4について語られている回があります。

個人的に印象的だったのは、ステップ4は、AIが代用できない人間がやっていくべき領域なのではないかと話されていた部分になります。*15 それは目の前の患者さんのストーリー、ヘルスケアジャーニーにうまくエビデンスを当てこんでいくという、正解のない領域には曖昧性あふれる人間性がとても重要になってくるからこそなのかなと思いました。
また、一方で、このような領域はIQよりEQの高いAIが求められてくる可能性も考えられます。*16
いずれにしろ、現状では、知識面などをサポートし大きくコストを下げられる代用案や時間削減につながるものはなく、作るのも難しいかなという印象です。ただ、ステップ4まで来れたのに、そこがボトルネックとなるケースも極めて異例なのかもしれません。ステップ4は突き詰めると沼にハマる部分ではありますし、ここはあまり深く考えすぎないほうがいい工程なのかもしれないと自分の中で勝手に納得しようと思います。

EBMのサプライチェーンを考えてみて

ここまで、EBMについて、サプライチェーンと仮定して、各ステップをTOC的視点で考えてみました。だいぶ荒削りな部分は多く、正直TOCとか使ってみたかっただけ感はありますが、僕なりに各ステップがボトルネックとなる場合の打ち手をいくつか考えてみて、ちょっと楽しかった部分もあります。
全プロセスのリードタイムを考えると、ステップ2や3は早さを求める場合には半自動化することは現時点でもそれなりの確度でできそうな印象でした。
ステップ1-4をトータル的にサポートできるツールや仕組みがあるといいのかもしれませんが、現状は個々で障壁の高い部分に合わせてカスタマイズししていく必要がありそうです。
また、今回、代表的な障壁の一つである職場の文化(環境面)については触れませんでしたが、環境面の促進要素としては、例えば今回の調剤報酬改定で新設された特定薬剤管理指導加算3のイである、RMPの使用に対する加算は、情報を参照して指導することに対して評価された点数かと思います。*17 この加算は思ったよりも薬剤師の関心を集めている印象で、情報を参照していくことにインセンティブがつく好事例となっていくかもしれません。このようなことを参考にしていけると、職場文化の醸成にもつながっていくのではないでしょうか。
現状、EBMが実践できていない、どこかにボトルネックがある様な場合では、何回か実際に実践し経験していくことで、その人にとってのEBMの実践がニッチケースからバルクケースになっていく、そうなることでルーチン化へと進展していくのかと思っています。そうなるための何かしらの一助に今回の文章がなってくれると嬉しいなと思います。

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【参考資料】
*11:Ranita Hisham,et al.2016;PMID: 26962037
*12:青島 周一.薬学教育.2020 年 4 巻 論文ID: 2019-022.インターネット上でのEBMスタイル臨床教育プログラム
*13:THE SPELL.資料集-はじめてシート(2024年7月28日参照)
*14:R Brian Haynes,et al.2002;PMID: 12052789
*15:精神科薬剤師くわばらひでのり.2023/03/19.第114回『EBMのステップ4についてひたすら語ってみよう!』
*16:まぐまぐ.中島聡.2024.07.17.ドラえもん大ヒットの秘密はここにあった。中島聡氏が提案、日本が開発をリードすべき「IQ」ではなく「EQ」の高いAI
*17:厚生労働省.令和6年3月5日版.令和6年度診療報酬改定の概要 【調剤】


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