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民主主義とは? コロナが教えてくれていること

『ソフトな緊急事態宣言を聞き入れた日本人の不思議 COVID-19と日本、米国、欧州、アジア』においてアンドルー・ゴードンハーバード大学歴史学部教授は、新型コロナウイルス感染症の対応策について以下3つの視点から考察しています。

(1)リーダーシップの問題
(2)(社会、政治、経済の) 構造的な要因
(3)文化的・歴史的な要因

このなかで、ゴードン教授は、日本が新型コロナの被害を少なく抑え込めている要因としての民主主義の影響について「背景の一部にすぎないだろう」と見解を示し、その理由として『結局のところ、これまで歴史的に個人の権利を重視してきたフランス、イギリス、米国などの国々でも今回、警察が強い権限を行使し、厳しい規制の実施に乗り出しているのだから』と述べています。

そのゴードン教授が所属するハーバード大学のある米国のアメリカンセンターは「民主主義の原則」の中で、次のように述べています。

・民主主義国の市民は、自分の権利を社会に守ってもらう恩恵を享受するためには、自分も、社会に対する義務を負わなければならないことを理解している
・自由な社会には、「国民は自らに見合った政府を持つ」という意味のことわざがある。民主主義が成功するためには、市民は受け身ではなく積極的でなければならない。なぜなら、市民は、政府の成功も失敗も、その責任は、他の誰でもない、自分たち自身にかかっていることを認識しているからである。

ゴードン教授の『個人の権利を重視してきたフランス、イギリス、米国...』という反証は、それらの国々が民主主義の発祥/先進の地でありながら、民主主義の持つ「個人の権利」という側面に捉われ、それと表裏一体であるはずの「社会に対する義務」について忘れ去っていること(誠に失礼ながらゴードン教授自身も同様?)であることを示しています。


ゴードン教授は、本記事の前半で次のように述べています。

『仮に「最悪のリーダーシップ」を競う五輪競技があったなら、米国、イギリス、イタリアがそれぞれ金、銀、銅メダルを獲得するだろう。日本や他のアジア諸国は(中国を除き)競技の参加資格さえ得られないはずだ。』

自虐的かつ無責任極まりない政権批判に終始する多くの日本のメディアや国民とって、日本人ではないハーバード大学教授よるこの断言は強烈な皮肉と言えるでしょう。

またアメリカの政治メディアの質も低く、日本在住15年で次のような記事しか書けない記者も国へ戻り民主主義を再度学習するのがよいでしょう。


『国民は自らに見合った政府を持つ』(前述の「民主主義の原則」より)

この言葉と向き合わなければならないのは、ゴードン教授の挙げる「個人の権利を重視してきたフランス、イギリス、米国」のような国ばかりではありません。

民主主義において自らが果たすべき『社会に対する義務』を忘れ、『政府の成功も失敗も、その責任は、他の誰でもない、自分たち自身にかかっていることを認識して』していない日本のメディアと日本人がいるならば、己が無責任に吐き捨てている政府批判の言動がブーメランとして自らに突き刺さる形で民主主義における自分自身の在り方が問われていることを自覚しなければならないのではないでしょうか。



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