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「学力対数の法則」が成立する背後には、「大学ランクの中心立地論」がある

私も愛読しているイブリースさんが、「学力対数の法則」という理論を打ち出しました。この法則は次のように定義されています。

学力対数の法則とは「学歴の存在比がN倍の場合、同レベルの学力の持ち主の存在比は1/Nに低下する」というものである。

"東大VS慶応を比較して気が付いた、学歴社会の興味深い法則"、イブリース、2024

前回の記事では、この法則を手持ちのデータで分析して検証しています。分析の結果、「学力対数の法則はLv2以上(MARCH以上)の学力レベルで成立している」ことがわかりました。ただ、対数の底はイブリースさんの直感の「10」ではなく、「8」というのが定量分析の結果でした。

対数の底が10の場合、1レベル=変数が0.5上がると1/3.3になります。底が8だと、0.5上がると1/2.8です。どちらにしても、約1/3なので「学力対数の法則は成立し、学力レベルが1つ上がると、同じ学力の持ち主は約1/3に低下する(2レベル上がると10下がる)」と言ってよいと思います。

では、「学力対数の法則」はなぜ成立するのでしょうか? 今回はこの要因について分析してみます。

0. まとめ

  • 「学力対数の法則」が成立する背後には、「大学ランクの中心立地論」が存在している。

  • 例えば、西日本の上位の大学(文系・理系)で、同じ学力レベル=大学ランクの大学数を見ると、Lv4は1校(京大)、Lv3は4校(名大・阪大・神大・九大)、Lv2には16校と幾何級数となっている。さらにその中の地域で見ると、例えば東海・北陸では、Lv3は1校(名大)、Lv2は4校(名工大・名市大・豊工大・金沢大)と同様の幾何級数となっている。

  • このように、全国レベルで、大学ランクが高い大学から低い大学に向かって、地理的に幾何的に配置されいる。定量的に見ると、対象地域内の大学数は、学力レベルが1つ上がると約1/3に減少する。

  • 学力レベルが高い大学ほど入学する学生の分布が広域となるため、定員を多くすることができる。そのため、定員数の減少は緩和され、学力レベルが1上がるのに対して1/2.8の減少となる。

1. 学力レベル/大学ランクの俯瞰

前回に「学力対数の法則」を検証した際に作成したグラフを改めて見てみます。イブリースさんが定義する学力レベルごと、駿台模試のB判定偏差値、合格者平均偏差値(推定値)、入学者平均偏差値(推定値)を計算し、正規分布の模試受験者においてその偏差値となる人数を並べたのがこのグラフです。オレンジ色が3つの平均として算定されたモデル数値のグラフ(底8.0)です。

グラフ1

この分析の対象は、東京一工、旧帝国大、早慶MARCHのほぼ全ての学部と医科歯科・慶應の医学部医学科(医医)でした。ただ、同じレベルの大学は他にもあります。「日本の学歴」というサイトも参考にして、一覧整理するとこのようになります。医医は独自定義です。

表1

地域の区分は河合塾が入試難易予想ランキング表を作る単位を参考に設定しています。医学部は少し特殊なので、表は文系・理系の一般学部(ブルー列)と医医(グリーン列)に分けています。

この表を眺めていると、あることに気付きます。それは、文系・理系でも医医でも、上から下に放射状に大学数が広がっている点です。さらによく見ると、東日本と西日本で放射状の構図があり、さらには地域単位でも放射状に学校数が増えている印象です。

表1改

このフラクタルな幾何学的な構造を地理的分布のイメージにすると、この図のような感じになると思います。

図1

厳密に地図上に配置したわけではなく、概念的な地理空間上への配置ですが、これに似た図を高校地理の授業で見たことがある人もいるかもしれません。そうです。クリスタラーの「中心地理論(Central Place Theory)」の六角形の図です。

2. 中心地理論とは

中心地理論の詳細はネットで調べてもらえればと思いますが、要約すると、「都市は大都市から中都市・小都市に幾何学的に配置されていく」という経済地理学の理論です。

最寄り品(食料品や日用品など)は近くのお店で買うけど、買回品(服飾品など)は遠くのお店まで買いに行くという話です。逆に見れば、買回品は頻繁には売れないので、広い商圏を持たなくてはならず、大都市にお店を配置しなくてはならないことになります。一方、最寄品は頻繁に繰り返し売れるので、狭い商圏でよく、大都市周辺に階層的に配置されていくことになります。

中心地理論によれば、大都市の周辺に中都市がいくつか配置され、中都市の周辺に小都市がいくつか配置され、さらに小都市の周辺に町村が配置されていることになります。六角形のモデルでは、大都市1つに対して、中都市が6つ、小都市が6×6=36つ(中都市1つに6つ)、町村が216(小都市1つに6つ)配置されて、大都市の経済圏が作られているということになります。

この中心地理論は商業だけではなく、公共施設にも当てはまると言われています。例えば、裁判所の配置は、最高裁(東京だけ)高等裁判所(本庁8・支部6)、地方裁判所(本庁50・支部230)、簡易裁判所(438)と階層を下がる連れて、1→14→280→438と増えていきます。

教育の分野では、高等教育〜初等教育の学校配置に中心地理論が当てはまるようです。都道府県の中で、大学<高校<中学校<小学校は地理的空間に幾何級数的に配置されているはずです。皆さんの出身の学校を思い浮かべたら、なんとなくイメージがつくはずです。

上記で見たように、この中心地理論は、高等教育〜初等教育の階層だけでなく、大学という同一レイヤーの中で、大学ランクの階層が作られて、そこにも当てはまっている可能性があります。そこで、大学ランクに中心地理論が当てはまるかどうか、定量的に数字で見てみます。

3. 大学数と定員数の分析

まずは大学数です。表1を元に文系・理系の学部を有する大学をカウントすると、このようになります。

表2

東日本は規則性はないものの低レベルに行くにつれ、大学数は増えています。一方、西日本は綺麗に4の乗数になっています。さらに、Lv3とLv2を地域ごとに見ると、東海・北陸は1:4、近畿も2:8=1:4です。そして、中国四国と九州を足すと、1:4です。

右端の全国合算になると、少し数字は丸まりますが、Lv5〜Lv2にかけて、1→3→8→37と数が増えていることがわかります。累計では、1→4→12→49となっており、概ね3〜4倍の幾何級数的な配置となっているようです。

続いて、医学部医学科(医医)を有する大学です。過去の分析データを使っているので、国公立は前期日程入試がある大学は全て入れました。私立は駿台B判定偏差値が61以上(=国公立医医の最低ライン)の大学のみを分析対象としています。実際はLv3に以下にも存在しています。

表3

こちらも学力レベル(大学ランク)が下がるに連れて、幾何級数的に大学数が増えています。少し東西でバランスが悪いようですが、全国合算した累計値を見ると、概ね3倍前後の幾何級数的な配置となっています。

イブリースさんの「学力対数の法則」は人数が対象なので、これらの大学の定員も計算してみます。一般入試の前期日程(一部は中期日程)だけなので、大学定員全てをカバーしていません。後期日程重視の大学は少なめに数字が入っています。

表4
表5

定員も学力レベル=大学ランクが下がるに連れて、大学数の増大に相関して増えています。ただ、増加の倍率は大学数よりも低い印象です。

続いて、レベル間での増加倍率が平均的にいくつになるのか計算してみます。

4. レベル間の増加倍率の比較

「学力対数の法則」は全受験者に存在比を対象としていたため、累積数で見る必要があります。文系・理系/医医ごとに学校数と定員の累積値の増加倍率を計算すると、この表のようになります。なお、レベルが上がると減るので、正しくは逆数を取った「減少倍率」です。ただ、直感的なわかりやすさから「増加倍率」と表現することにします。

表6

表の下段の黄色のセルの幾何平均を見ると、文系・理系の大学では、レベルが1つ下がると大学数は3.7倍、定員は2.9倍になっています。医医の大学では、大学数は3.1倍、定員は2.7倍です。多少の違いはありますが、概ね3倍です。

傾向を確認するために、大学数と定員でわけて片対数グラフにすると、こうなります。片対数グラフなので、対数の相関が強いほど直線に近づきます。

グラフ2
グラフ3

どちらも凸凹はありますが、ほぼ直線(=対数の相関)になっていることがわかります。

また、増加倍率の幾何平均が、大学数では3.7と3.1、定員では2.9と2.7のため、対数の底が大学数>定員となり、定員のグラフの方が上昇が弱いこともわかります。これはレベルが低い大学ほど、大学の規模が小さくなり、大学あたりの平均定員が小さくなることに起因しています。

このことは、中心地理論とも整合します。レベルが高い大学(大都市に相当)ほど、受験生がいる地域が広域となり、多くの学生を集めることができます。そのため、下のレベルの大学(中都市に相当)よりも、種類の多い専攻を用意でき、定員も増やせます。逆に言えば、受験生に人気が高い専攻は、狭い地域でも一定の学生を集めることができます。

そして、同じ専攻であれば、学力上位の受験生はより難易度の高い=大学ランクの高い大学を受験します。学力下位の受験生は、人気の専攻であれば、地理的な近接地に一つしたのランクの大学があるので、そちらを受験することになります。

こうしたメカニズムで、大学ランクが上位の大学は定員が多く、その地理的に近接した範囲に、次のランクの大学が少ない定員で存在していくのだと考えられます。

これらの分析から、分野ごと/地域ごとに幾何級数的に大学ランクが存在しており、ランクが下がると大学数・定員ともに約3倍になることから、大学ランクには中心地理論が当てはまると考えられます。

5. 「学力対数の法則」と「大学ランクの中心立地論」

それでは、本題の「学力対数の法則」が成立する要因に「大学ランクの中心地理論」があるかを考察します。

それぞれで算出した人数の片対数グラフを、同じグラフ上に並べてみます。「学力対数の法則」は受験者における順位を示しており、「対数モデル」の名前で表現しています。「大学ランクの中心地理論」は定員の累計数を示しており、「中心地モデル」の名前で表現しています。レベルが2つ上がると変数が1つ上がり、人数は1/底数となります。

グラフ4

順番に見ていきます。グレーの点線が底10の対数モデルです。イブリースさんの「学力対数の法則」の基本モデルがこの直線です。これに対して、オレンジの実線が前回算出した底8の対数モデルです。

一方、ブルーの実線が今回の中心地モデルの文系・理系の定員数です。集計値をそのままをプロットしています。1レベル差の幾何平均が2.9倍なので、2レベル差である対数の底は2.9×2.9=8.6です。底8の対数モデルのオレンジの直線とほぼ同じで、少し上になります。

最後に、グリーンの実線が中心値も出るの医医の定員数です。こちらも集計値そのままのプロットですが、同様の計算をすると底は7.5なので、このまま延長するとオレンジの直線の下を走る形になります。

そしてこれら3つのグラフは対数の底がいずれも3前後のため、オレンジ(底8の対数モデル)、ブルー(文系・理系の中心地モデル)、グリーン(医医の中心地モデル)はほぼ同じ直線状になります。

さて、この定員数は、複数の人物の大学レベル/大学ランクを参照して算定したものです。そして、それらの大学の構造には中心地理論が適合します。つまり、定員数にも中心地理論が適合していると言えます。

そして、定員数は、イブリースさんの「学力対数の法則」を元に算定した学力レベル別の受験者順位とほぼ同一の動きをしています。

これらのことから、大学ランクの中心地理論→大学数→定員数→受験者順位→学力対数の法則と相関していると考えられます。これを右から逆に見れば、「学力対数の法則が成立するのは、中心地理論に基づいて大学ランクが認識されることが要因である。学力レベルが1つ上がると、大学ランクが1つ上がり、累積定員は約1/3となり、受験者の順位も約1/3となる。」と言ってよいと考えます。

6. 最後に

こうなってくると、「大学ランクの中心地理論」がなぜ成立するのかも解き明かしたくなります。おそらく、受験生が志望校を選択する際に、自分の学力と大学の難易度を比べるだけでなく、大学の地理的近接性も重要視しているからだと推察できます。大学の入学者の出身地の統計とかも使うと、「大学ランクの中心地理論」を実証できるかもしれません。

あとは、1レベル差の増加倍率は、前回の対数モデルが2.8倍、今回が2.9倍と2.7倍でした。改めて考えると、これは底10の変数0.5の3.3倍ではなく、自然対数の底であるネイピア数(e=2.718)に近い数字です。そして、受験者の分布などが近似される正規分布の計算には、このネイピア数eが使われます。不思議な感じがします。

学力レベル、大学ランクという人間の感覚的な分類に対して、数学的な裏付けが作れるかもしれません。ライフワークで研究してもいいかなぁ、と思います。

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