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祖母の思い出と戦争と生命

昭和19年
祖母はまだ小さな小さな母をおぶって洗濯物を干していたそうだ
突然の警報
目の前に現れたB29
祖母は咄嗟に井戸の影へ隠れ祖母も母も助かった
その井戸は半壊した


口数が少なく滅多に笑わない祖母だったが
お手玉が特技で本物のお手玉ではなく
おままごと用の半分に割れる空洞のプラスチックの軽いお野菜を
二つから始めて三つ四つ五つ六つ七つ
一つずつ渡して行くと
増えていく色とりどりのお野菜がクルクルクルクル宙を舞い
それはそれは不思議で楽しくて美しくて
何度も何度も何度も
「もっかいやって!」
祖母は笑顔で何度も何度も何度もやってくれた

弟の出産のため入院中の母の代わりに一週間だけ祖母と一緒に過ごした
ある夜
「おばあちゃん、おなかいたい」
そう小さく呟いたら
「のの字してあげようね」
祖母の温かい手がおなかの上で不思議な動きをする
くるりくるり
おなかの上で動く祖母の手でふわぁっと痛みは消えていき
いつの間にか眠っていた

一週間だけの祖母の思い出だが私の大好きな大事な宝物の祖母
晩年お風呂場で滑って転んでしまい打ちどころが悪く
半身不随で寝たきりになってしまった
一度だけお見舞いに行ったが
小さかった私は祖母の変貌ぶりに驚き
きっと名前を呼んでくれたであろうに
聞き取れない言葉と半分垂れ下がった顔が怖くて
後退りし伸ばされた手を握り返せなかった

寝たきりになってからあっという間に逝ってしまった

貧乏でおばあちゃんとのお別れに行けず
後から散々父と母を責めてしまった
交通費も連名の御霊前も工面出来ないほど貧乏だったのだ

おばあちゃん、あの時、傍に行けなくて、手を取れなくて、本当にごめんなさい
おばあちゃんのお手玉とのの字一生忘れない
おばあちゃん大好きありがとう



口数の少ない祖母だったが
一度だけ遠い目をして
「あの時ねぇおばあちゃんパイロットの顔がはっきり見えたよ
鬼じゃなくて普通のひとだったよ」
そう誰に言うでもなく呟いた


もしあの日
祖母と母の命が奪われていたら私は居ない


合掌


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