脱炭素化戦略の行方:欧州自動車業界の危機と政策のジレンマ

VWの惨状に象徴される自動車業界の苦境を見ていると、欧州が目指す脱炭素化戦略は抜本的な見直しが避けられないという思いが湧いてくる。修正せずに強行すれば経済のみならず、社会に深刻な影響が出るのではなかろうか。

欧州では気候変動の危機が真剣に受け止められている。テレビを見ていると、これに絡んだニュースに接しない日はないし、ドキュメント番組もいったいどれほどあるのかと思わせるほど多い。

こうした欧州で、脱炭素に率先して取り組み、それを通して次世代の産業競争で優位に立つというアイデアが出てくるのは自然だと思う。

だが、現実を見ると青写真とのずれが時間の経過とともに拡大しているようにみえる。BEVの分野で主導権を握るのは中国であり、周回遅れの欧州メーカーの業績不振の大きな原因となっていることは周知のとおりである。中核部品の車載電池は中国製が大半であり、欧州の希望の星だったノースボルトは経営難に陥っている。電池の主要材料に至っては中国の独断場である。

太陽電池では中国製品が欧州市場を独占するようになって久しい。風力発電タービンも欧州勢の立場は危うくなり始めている。

脱炭素のコスト低減が思ったように進んでいないことも大きな問題だ。BEVが売れない最大の原因はICEと比べた割高感がいつまで経っても解消されないことにある。鉄鋼や化学などエネルギー集約産業の脱炭素化のカギを握るグリーン水素についてもコスト高止まりの懸念がこのところ強くなってきた。

コストが割高であればメーカーは競争力を保つことができない。炭素差額契約や補助金、国境炭素税などを通して人工的に競争力を維持することは可能かもしれないが、そのつけの少なくとも一部は税などを通して有権者が支払うことになる。また、欧州域内で生産される製品の域外での競争力は低下しかねないため、工場移転を通した製造業の空洞化につながる懸念がある。

脱炭素がインフレを促進しやすいことは以前から指摘されている。そのうえ、産業基盤が崩れ雇用不安が広がるようであれば、有権者の理解は得られない。ポピュリズムに栄養を与えるだけである。Ifo経済研究所のフュスト所長はHB紙のインタビューで、政策に対する信頼感が揺らぐのを承知のうえで、EUが計画する35年のICE販売禁止を撤回すべきだとの認識を示した。

脱炭素を成長につなげる構想とそれを実行に移した決断力については称賛に値すると今でも思っている。しかしながら、この取り組みを、細部と市場などの環境変化に常に目を配りながら管理するプロジェクトマネジメントが事実上、欠如していることは致命的な欠点だろう。企業であれば当然、行われる取り組みである。ましてEUレベルで進めるケタ違いのプロジェクトであれば必要不可欠なはずだが、複雑極まる利害を調整するこの巨大な政策マシンは機敏に動くことができない。

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