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2021年6月の記事一覧

日記なら勝手に紙に書けば良いじゃん

夏休みの宿題で課された日記が懐かしい。 たった一言書いて終わりのあの日記ですら毎日更新できていなかったと思うと、今noteを毎日更新できているのはあまりにも奇跡だ。 毎日徒然なるままに、エッセイのような日記のような雑記のような、そんな文章を書いている。いまだに、それらの違いもよく分かっていない。 気づきや所感を書き残しておきたいだけなら、紙にペンで書けば良いじゃないか、自分の中のアンチがたまにそう囁いてくる。 誰かの目に触れる可能性のある場であえて文章を公開している以

書きたいことなんて、初めからない

書きたい何かがあって書いているわけではなくて、「何か書きたい」という衝動で書いている。 だから、書きたいものではなく、書けるものを書くようにしている。 それは、「結局、書けるものしか書けない」というある種の開き直りや諦めでもあると思う。 やりたいことはなかなか見つからない。 だから、やりたいことではなくやれることをやる。 それと同じように、書きたいものは別にないから書けるものを書く。 「できること」の積み重ねが「やりたいこと」に繋がる時もある。 多分そういう可能

消費だけでは物足りなくなってしまう

SNSを眺めたり、YouTubeで動画を観たり、好きなアーティストのライブへ行ったり、日頃たくさんの消費をしている。 今はインターネット上でのコンテンツが増えたので、消費活動のほとんどをインターネット上で行っている人が多いだろう。 自分自身も例に漏れずそうなのだけれど、最近消費に疲れたというか、純粋な気持ちで消費を楽しめなくなっている気がしている。 好きなクリエイターやアーティストに対して、一ファンとしての気持ちよりも尊敬の気持ちの方が強くなってきているし、休日のほとん

自分語りしたって良いのに

自分語りの場といえば、居酒屋が思い浮かぶ。 当時は苦痛だった居酒屋で聞かされる上司の自分語りも、こんなご時世ではすっかり懐かしく、そして古き良き思い出のように感じられる。 もちろん、今では居酒屋へ行かずとも、ネット上で誰でも不特定多数に対して自分語りができるけれども、意外と自分語りできている人は少ない気もしている。 やはり、リアルな場よりも多くの人の目に触れるからだろうか、少し着飾ってみたり、過激な主張をしてみたり、天邪鬼になってしまったりと“素の自分ではない自分”を見