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ある日

家の近くの歯医者に行った。
歯医者のとなりには中華料理屋があり、いつも店先に列ができている。
いつも混んではいたものの、まえは列をなすほどではなかった。
並ばずに入れたころにはときどきお世話になった。
テキパキと働く愛想のない店員に、チャーハンやら、あんかけ焼きそばやら、回鍋肉定食を注文していた。
完全に想像だけれど、ネットか雑誌かテレビに取り上げられたのだと思う。
今はごはんどき以外にもマスクをした人が並んでいる。
中華料理屋の隣には最近できたケパブ屋があって、気の良さそうな若い店主のマスクはいつも半分ずり落ちている。
開店したばかりのころに一度だけ買って食べたがおいしかった。
ケパブ屋と中華料理屋を通りすぎて歯科医院に入り、奥歯を少し削られた。
前回の検診で、「次回、治療します」と宣言されていたので、予定通りだ。
麻酔が効いていればすこし削れらただけではまったく痛くないとわかっていたのに、重たい気持ちで歯科医院の自動扉があいた。
治療を終えて、中華料理屋とケバブ屋の前を逆向きに通りすぎ、パン屋とスーパーに寄る。
薄曇りの肌寒い日で、コートを着ている人も見かけた。
ガラス張りなのにどうも店内がよく見えない「純喫茶」と看板のかかった店の前では、同い年くらいの数人のグループが店に入るかどうか話し合っている。
ひとりの女性が「あなた入ったことあるんだから、先に行って」という声が、すれちがいざまに聞こえた。
数年来、この喫茶店の前を行ったり来たりしているけれど、わたしも一度も入ったことがない。
理由の大半は喫茶店に用がないからなのだけれど、入るのにちょっとした勇気がいる店にちがいないから、店先に固まるそのグループにわずかな共感と、「もうそういう歳じゃないだろう」という自己嫌悪を抱いて帰宅した。
歯医者への道は上り坂で10分ほど歩く。
むかしほどひょいとは登れなくなった。
中学と高校は山の麓にあって、最寄りの駅から20分ほどかかった。
遅刻しそうなときに全力で走った記憶が蘇る。
そういえばあの頃も、走ったあとにお腹が痛くなっていた。

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