また最初からです。
努力して何かできるようになったら自信になる、という人がいる。
親からの愛情を受けて育った子は自信を持てるようになるという人もいる。
前者は自身の能力に対する信頼であり、自信と呼んでもいいのではと思うが、後者はむしろ自己肯定感のことじゃないかな。
よくごちゃごちゃにして語られていて、私もよく混同する。
でも、本来まったく別のものじゃないだろうか。
ただ、持っていると生きていくのがいいことのように思える点では共通しているし、どちらも大切なものには変わりない。
自己肯定感は物ごとに挑戦する気概をくれて、何かをやり遂げるのを助けてくれるかもしれない。
自己肯定感 → 自信
この向きには正の矢印が引ける。
じゃあ逆はどうだろう。
「テストでいい点をとる」
「仕事でノルマを達成した」
「論文を書き上げた」
「パラグライダーに乗れるようになった」
「twitterでフォロワーが一万人になった」
なんでもいい、なにかで自身を得たとき、自己肯定感は増えるだろうか。
私はひとによって違うとのではないかと疑っている。
身もふたもないことを言うと、もともと自己肯定感のあるひとは、何かを手に入れれば自己肯定感も増すのだと思う。
自己肯定感 ⇄ 自信
回路でいうとポジティブフィードバックの状態だ。
いろいろと嫌なことがあっても、うまくいかないことがあっても、この回路のある人は、ちょっとやそっとじゃあ自己肯定感も自信も失わないですみそうだ。
わたしの言いたいことはこうだ。
自己肯定感の低いひとは、努力してなにかを達成して自信を得たとしても自己肯定感にフィードバックされない。
されないから、自己肯定感をもとにまた努力するというサイクルに入れない。
毎回、毎回、いちから、よっこらしょと重い重い腰をあげなければならない。
何かをやり遂げれば自分のことを好きになれるというメソッドなり法則は、幸福な回路を持ったひとの経験にすぎない。
それはとてもいいものだけれど、みんなに当てはまるわけではない。
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