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ちょっと例えていうと

『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』という本は面白い。
コーヒーを化学や生物学の研究対象として扱ったらどうなるかを、著者の膨大な知識をもとに書き記されている。

さらに言えば、コーヒーを科学するのも、病気を科学するのも基本的な思想や手技は同じだ。
例えば、よい香りのコーヒーを目指すとして、どのようにコーヒーを淹れる技術を改善するか考えてみる。
これは、応用研究的なテーマだ。
医学で言えば、臨床研究に当たる。

ちなみに、ここからは私の思考実験的な文章なので、紹介した本とは関係がないことを断っておく。

さて、全ての過程を考えると話が複雑になるので、抽出のステップだけに限って考えてみよう。
変えるべきパラメーターは何があるだろうか。
お湯の量と温度、豆の量、お湯を注ぐスピード、蒸らし時間、使用する器具。
これらを様々な組み合わせで試して最も、良い香りだと思う条件を決める。
もちろん、室温や、季節、使用する豆の種類などによって最適な条件は変わるが、その場合でも、原理的には同様の実験を繰り返せばよい。

では、基礎研究ではどうなるかというと、良い香りのする原因やその仕組みを解明しようとする。
例えば、香りの元になる物質を化学分析で同定し、どの物質が何の香りに相当しているのかを決定する。
抽出過程でどのような化学反応が起こり、香りの元となる物質が生み出されてくるのか、ひとつひとつ解明していく。
匂いの元となる物質は何百種類とあるけれど、それをひとつずつ精製して、その生成過程を調べようとするだろう。
医学で言えば、病気の原因となる遺伝子をひとつひとつ同定して、どのような仕組みで病気を引き起こしているのか調べる。

医学研究にはもちろん両方とも必要で、相互補完的である。
最終的に治療法を発見するとしたら、原因や仕組みなどの解明とは別に、実際に治療をして効果が出ることを証明しなければいけない。
いくら良い香りのする物質を同定し、その物質を効率的に抽出できる方法を見つけても、実際に良い香りのするコーヒーが淹れられなければしょうがない。

様々な物質の組み合わせの総体として、どのような匂いになるか決まるので、ひとつひとつの匂い物質の抽出方法を決定しても、それで良い香りのするコーヒを淹れられるかどうかはわからない。
同様に、病気にも様々な原因が複雑に入り乱れていることがよくあるので、実際に試してみなければならない。

しかし、一方で、病気の治療法を探す元となるアイデアは、基礎研究から生まれることが多い。
仕組みがわかれば、壊れたものを治す方法を思いつくからだ。
医療の発展という観点からは、基礎研究と臨床研究を行ったり来たりできるような人がたくさんいればよいのだけれど、実際にはあまりにも必要とされる能力が多すぎてそうはいかない。
興味の置き所、という点でも、基礎から実践までを網羅できる精神性を有する人は限られる。
いろいろな人がいろいろな側面に興味や責任を感じながら局地戦を戦ううちに、総体としては大きな発展を遂げる、というのが最もよくみられる妥当なストーリーだと思う。


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