「密漁ブツアゲ初日」の感想

「密漁ブツアゲ初日」とても面白かったです。というわけで何となく感想を書きました。ネタバレかどうか、あんまり考えずに書いたので、未読の方は先に、以下のページから順にお読みください。

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では本題に。

「新人の一人称視点から語られる、不動産営業初日の回想録」というコンセプトから、不動産業界の事情をよく知らない私が予想したのは、とても過酷で残酷な世界でした。事実、#2の朝礼シーン以降では、成績の振るわない人々の苦境というものが、陰に陽に伝わるように丹念に描写されていました。

しかし、この作品の主眼は決してそこには据えられていません。そうではなくて、単純明快な儲けと評価の仕組みから成る「ブツアゲ」という、若き主人公・密漁の目を輝かせた、この仕事の魅力こそが本質でした。

冷静かつ明晰な分析力が生む鋭く精緻な描写に、若さが生む野心と情熱によって血が通り、絶え間なくスリルを提供する巧みな構成が促す作品への没入感の深化により、その魅力はさらに増幅されて読者に伝わる。そういう仕組みだったかなと思います。順番が前後しますが、それぞれの要素について、以下でもう少しだけ細かくお話します。

野心と情熱という点は、#2における朝礼後の密漁の独白によく表れています。怒声・罵倒・暴力。それらを目にして彼は怖気付くどころか、「胸をときめかせた」のです。高卒後はホワイト企業に勤めていた男が、です。

——こいつ、従軍経験でもあんの…?ちょっとタフ過ぎない…?

この常識外れのポジティブな熱意がネガティブな面までも覆い隠したことは、先に述べたこの作品の主題の提示と、読者の感情移入に好影響を与えていたと思います。この情熱(それと全体に透けて見える主人公の能力の高さ)は正直言って、僕が共感しうる範疇を超えていたはずなのですが、それでも違和感なく没入したまま読み終えられたのは、筆者の技量によるところが大きいでしょう。

その描写力という点で僕の印象に強く残ったのは、業務内容の簡潔でも要点を得た説明の場面の数々でした。実際にはもっと適当に指導されたに違いない状況なのですが、巧みな筆致でそれを補完して、その場に居合わせない新人社員である読者の私たちにも、その内容がしっかり理解できるようになっている。

冷静な分析というのは個々の細部の描写に表出されるので、例を挙げればきりがないと思うのですが、

そしてこの人たちの会話を聞く限り多分褒められたり自分を認められることリスペクトされることが好きなんだろうと感じ取ることができた。

という一行は、さらっと書かれていますがとんでもない鋭さだと思います。

構成の巧みさというのは、読者は常に不気味な緊張感と、一時の弛緩を与え続けられるという点にあります。この作品は全体的にポジティブシンキングと、それがもたらす上々の成果が中心となっているはずなのに、こうした恐怖感が物語に通底するというのは何だか矛盾している感じがします。しかし、それこそが読み手に切実さと、次の一行への渇望を呼び起こすのでしょう。

#3の後半から #4にかけての顧客、上司、密漁の三人が入り乱れる会話の一行一行にはその魅力が凝縮されています。一言でもミスをすれば——電話のか細い線が結びつける顧客を、慎重に、慎重に手繰り寄せるようなやり取りは、読者の口までカラカラになってしまうような、張りつめた空気に満ちています。

最後に、これは少し違う視点からですが、僕にとってとても印象的だったことがもう一つありました。それは、「クレバーなトークが最も高い成果を上げていた」ということです。筆者の区分密漁(@1r_mitsuryo)氏などがしばしば自嘲気味に仕事を表現する際に用いる、「泥臭い」という言葉とは一見すると正反対の手法が、一番強い。そして、事実それが、私たちを魅了した。疑似体験によって突きつけられたこの事実は、僕に新鮮な驚きをもたらしてくれました。

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感情のほとばしる描写の狭間にどこまで理性による分析を加えるのか、どのようなセリフの順序が、事件の時系列こそが、読者の興奮を最大限に引き出すのか。そうした思考の痕跡が(本能的にされたのか緻密に計算されたのかはさておき)暗に伝わってきました。そこで、僕はある一文を改めて思い出すわけです。

弊社代表よりもっとゴリラをかき集めろと
業務命令が出ていますので
積極的に勧誘活動をさせて頂きます!

会社紹介&社員紹介より)

——そうか、このnoteは勧誘なんだ。だからこれは、一つのトークフローなのだ。つまり僕は、ツイッターインベストメントのトップセールスマンに、まんまとやられていたんだ…。
そのことに気づいたときには全部いいねを押しちゃって、フォローまで済ませていた。僕はすっかり乗せられていた。総じていえば、これは小説の体をとった、区分密漁氏のトークフローだったのだ。…メタのトークフローっ…!

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お粗末ですが。

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