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【短編】湖の恋人 ”She moved through the fair”より



僕が彼女と出会ったのは、
家から少し離れた湖のほとりだった。
あの先生とはどうもそりが合わなくて。
学校に向かう大通りをしり目に、湖へ向かった。

そこに彼女はひとりで座っていた。
白い足でパシャパシャと水面を叩いて
水の粒に手をのばしていた。

きっと僕と同い年位の男なら誰でもそう思うと思うけど、
その姿はなんだか不思議で、妖精がいたならこんな感じだろうかなんて…
いわゆる一目ぼれだった。

視線に気づいた彼女は、そんな僕の想いを
一瞬で悟ったかのように
とびきりの笑顔で、子どもっぽく笑って見せた。

「大丈夫!きっと私のママは全く気にしないし、パパだって少しは反対するかもしれないけど…心配いらないよ。私たちの結婚式までもうすぐだから」

急に何を言い出すんだろう。結婚式?
会ったばかりなのに勘弁してほしいよ。
そう思ったけど
話をする彼女の表情はこの街の天気みたいにコロコロと変わって…
時々現れる虹のような笑顔から
僕は目を離すことが出来なかった。


それから僕らは何度かデートを重ねて、
この市場は彼女のお気に入りの場所のひとつだった。
インドの刺繍が施されたストールを花嫁のように巻いて
彼女はゆっくりと片目をつぶって見せたんだ
反対の目も同時に閉じかけていたから思わず笑ってしまったけど
彼女はそんなこと気にせず、こう言った。



「これは誰かが言ってたんだけど、
愛し合う二人のどちらか一人が
誰にも言えないほどの悲しみを抱えている時
その二人は決して結ばれることは無いんだって。
私はね、それは違うと思う。
だって寂しいからこそ
二人は惹かれあって出会ったんだから。
あなたはどう思う?」

そういって彼女は、湖の時と同じように
とびきりの笑顔を作って見せた。
そして僕を追い越して、また踊るように市場を歩いていった。
それが僕が見た、彼女の最後の姿だった。

昨日の夜
僕の恋人は部屋へ遊びに来たよ。
やさしく 静かに
足音も立てずに。
それから彼女は僕の肩にそっと手を置いて
こういったんだ。
「心配いらないよ。 私たちの結婚式までもうすぐだから」

ケルト民謡”She moved through the fair”より


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