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『八雁』十一月号 創刊十周年記念特集号 【歌誌遊覧】

『八雁』十一月号 創刊十周年記念特集号

 八雁短歌会は「未来」の流れをくみ、石田比呂志の「牙」と阿木津英の「あまだむ」を統合するような形で、石田氏の没後まもなく阿木津英が島田幸典と共に立ち上げた。創刊号には石田比呂志の精神を継いで「地方性(すなわち辺境にあること)と無名性の尊重、これを八雁は継承する」と記されていたそうだ。その八雁十周年記念特集号とあって、大変な読みごたえである。

 記念企画「座談会 八雁十年の歌を振り返る」は特に濃密で、十年を三部にわけ、各部でその期間にもっとも活躍した歌人三名を選出する座談会である。司会はいずれの部も阿木津英で、発言者は外部ゲスト各一名と内部各二名で、そのゲストには富田睦子(まひる野)、内山晶太(短歌人)、花山周子(外出)が登場し白熱した議論が展開される。ゲストからは客観的に八雁の特徴として、定型を守ろうとする意識の強さや、会員に流れる歌に対する共通認識がひとつの重力に向かう安定感となっている等、それぞれの言葉で語られている。それに対する阿木津氏は、八雁らしさのようなものが歌の幅をせばめる制服的なものになってはいないか、結社のあり方に対する危機感をもって論じる姿勢が強く感銘をうけた。選出にあたっても、どのような基準をもって選ぶのか、それぞれの評価軸に対する考え方が内外問わずぶつかりあい、歌の本質を問う座談会になっている。以下は、座談会にとりあげられた歌の抜粋である。

 建屋とうやわき言葉に囲われておそろしくあり天下国家は(足立尚彦)

 燃え出だすこともあるべし肉厚き椿の花弁掃きあつめなば(佐竹游)

 ネクタイを部屋に抜き取るその床に教師としての鱗が落ちる(平井俊)

 電燈を消すとて紐を探る手が天井の奥の夜をひっぱる(原口萬幸)

 座談会を踏まえて次のページをめくると第二回八雁賞の発表があり、受賞作はなるほどこれが八雁らしさかと感じられる。

 森尾みづな作「仮の名前」より

 厠砂ひとつぶ脛に痛くあり猫にさそはれ床に座れば

 昼顔の蔓のくるしきゆめ覚めて猫ゆまる音短く聞こゆ

 安部智子作「豆を捥ぐ」より

 朝捥ぎて夕べも捥ぎし豌豆の今朝も下がりてまた豆を捥ぐ

 隣より畝に伸び来るかぼちゃ蔓後ろに跳ね上げ畝の草取る

 森尾氏の受賞のことばには、「詩の言葉で生活を考える」という島田幸典の言葉が引用されており、また安部氏も「日々の生活を味わいながら一日一首を」と述べられており、受賞の両名ともが日常から浮かび上がる詩情を大切に、身近で限定された題材を丁寧に工夫を凝らし歌にしていることがよくわかる。

 盛り沢山の特集のあとは通常の作品集になるが、八雁では合評が充実していて、ひとりの作品を六人が評するなど、色々な視点の読みがあることを改めて感じさせられた。

 「八雁」という、ひとつの磁場のなかでの研鑽の成果が伝わってくる記念特集号だった。

中部短歌会『短歌』2023年2月号より 歌誌遊覧 転載

淀美佑子

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