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『塔』2022.10/『輪』218号2022年秋号【歌誌遊覧】

※中部短歌会『短歌』2023年1月号より転載「歌誌遊覧」

 『塔』十月号(通巻八一三号)

 塔は、一九五四年に、高安国世によって結成され、永田和宏、河野裕子によって発展し、現在の主宰は吉川宏志の結社である。全国に支部があり、会員数は一一〇〇人以上で、若葉集という入会一年目の会員欄があるほど会員が多い。ゆえに歌誌はおよそ二二〇ページの厚さに及ぶ。若手会員も多く、この号では「十代・二十代歌人特集」が組まれている。

 主宰による連作選は「新樹集」、一首選は「百葉集」とされており、熱気溢れる切磋琢磨の様子がうかがえる。

 背泳ぎの正面は空 会いたいよ スパンコールが重なり合うように

    椛沢知世

 死の年の録音にのこるカデンツァは自作なり指は鍵盤を吸ふ

    濱松哲朗

 背泳ぎとスパンコールの重なりの表現は不思議としっくりくるおもしろさがあった。「カデンツァ」は独奏曲やアリアでの、オーケストラの伴奏を伴わない自由な即興部分。「鍵盤を吸う」の結句に生きることへの執着が感じられる。全体に、定形にこだわりすぎず自由な印象である。

 さて特集では、十代・二十代歌人三十五人の七首連作を掲載。

 風車をまわすおおきな風よその指でわたしの過去も毟ってほしい

           田村穂隆

 風力という自然の強さに、下の句で意外性のある「指」や「毟って」と生々しさ痛々しさを感じる喩えが印象的だ。ちなみに田村穂隆は、第一歌集『湖(うみ)とファルセット』が第四八回現代歌人集会賞を受賞したことで記憶に新しい。以下は、率直で共感できる歌の数々。

 くさるのではなくて渇いて枯れるからこの恋は紫陽花にたとえたい

           加藤はる

 戦争を生み出すものそれは注いでも注いでも満たされないコップ

    卓 紀

 悔しさの昇華ばかりがうまくなり試合観戦じみていく日々

    山桜桃えみ

 評やコラムも充実しており読み応えのある歌誌だった。また面白いと思った原稿募集があり、「実は読んでいなかった…」と題した、未読歌集の感想文というものだ。(対象歌集は既刊掲載のリストよりということで詳細不明)刊行から日が経ってしまった歌集にも触れやすく、ぜひ真似したい企画だと思った。

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『輪』秋号(二一八号)

 輪の会は、百周年の特集にて中部短歌会・島根支部の会員も参加していると紹介されていた。表紙をめくると扉には、春日井建の『青葦』の五首があり、本文にて丁寧な解説があり勉強になった。以下は輪の会員作品から。

 朝帰りの漁師が雑魚を捨てたるや舟のまわりにカモメが群れる

    水口清子

 浜田川の水面に長閑けく群れし鴨ぱたりと姿消えたる卯月

    三上益子

 どちらの歌も、海や川で見られる鳥が歌われているが、江戸っ子のわたしにとっては新鮮な景が、生き生きと浮かび上がった。なかなか手にとる機会がない地域の歌誌を、この原稿を執筆するにあたって拝読できたことは、本当に喜ばしく思っている。

淀美佑子


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